横浜の金沢文庫を拠点に、子供たちを対象にしたアート教室を開いてきた浅葉和子さんの活動が、2019年で50周年を迎えました。
ハンカチーフ・ブックスでは、2019年12月に浅葉さんの活動拠点であるアサバ・アート・スクエア(ASABA ART SQUARE)を訪ね、ネイティブ・アメリカンとの出会い、金沢文庫芸術祭、虹の戦士のことなどをたっぷりとインタビュー、そのお話は発売中の『TISSUE Vol.4 毎日は愉しい』に掲載しました。

そして年が改まり2019年11月16日、次なるステップとして、マクロビオティック料理家の中島デコさんを金沢文庫にお招きし、料理教室とトークという2部構成のイベントを開催! 今回は、その時にお話しいただいた浅葉さんのメッセージを5回にわたってお届けします。

天から受け取った言葉をそのまま発するような浅葉さんのメッセージ。
当日のイベントに参加した方も、されなかった方も、いろいろな思いをめぐらせながらぜひご一読ください。

1日々の積み重ねの50年

2020年3月22日

――
浅葉さん、50周年を迎えていまどんな気持ちでしょうか?
浅葉
50周年ってひとことで言っても、日々の積み重ねの50周年だから、あんまり意識はないですね。50周年に何かやるなんて考えてなかったですが、まわりの人たちが「何かやったほうがいいよ」と言ってくれたので、しめくくりというか、区切りでやってみたんだけど、やっぱりやってすごくよかったですね。

やっぱりね、立ち止まるってすっごく大事。

突っ走ってきて、先しか見ないという人生できて、はじめて立ち止まった時に何かが見える、ということを感じました。

――
そうやって直感に任せて走ってきたなかで、いろいろな転機があったと思うんです。特にアメリカに渡り、ネイティブ・アメリカンに出会ったのはひとつのターニングポイント、虹の戦士の入口だったのかなと思うんですね。
その時の話を聞かせてください。
浅葉
ネイティブ・アメリカンに会う前にすごく大事な一点があって、それがエジプトだったんです。エジプトに最初に行ったのは1984年かな、友達に誘われて軽い気持ちで行ったんだけども……。
わたしは子供の教室を68年からはじめていて、その頃、いろいろと子供たちの間に社会的な問題が急激に起こってきた時だったし、自分自身も30代後半からいろいろなことが起こってどうしていいかわからない状況でもあったんです。
それでね、誘われてエジプトに行った時にじつはすごい方に出会ったんです。それを公開します、今日は。
――
これですね。

ヌート神の天井壁画についてお話しする浅葉さん。
浅葉
(額に入った絵を指しながら)神様なんです。ヌート神という女神で、(エジプトの)ルクソール神殿にある、ラムセス6世の天井壁画です。
大きさとしては、(イベントスペース全体を指しながら)ちょうど向こうからこの端くらいのところにこの女体がずーっといるわけですよ。
その女神の持っている神話というのがね、

「1日1個太陽を食べて明日を生み出す」

そういう内容だったの。その話を聞いた時、もう悩んでいたことすべてがぱぁっと消えた。そこがスタートです、すべての。
だから、わたしのお姉さまというかね……。

――
お姉さま。(笑)
浅葉
そういう感じで、すごく身近に思っているんで、勝手にね。それでわたしの部屋において、いまも同居しています。
(この絵との出会いもあって)子供たちをエジプトに連れていきたい、まず体感することが絶対大事だと思ってね、子供たちをエジプトに連れていこうという企画をやって、結果としては18回行ったの。
――
18回!
浅葉
そのうち子どもたちを連れていったのは10回かな? 他にパレスチナにも行きました。それで、89年にエジプト大使館の方から「ジャパンウィーク」がエジプトであると聞いて、子供の絵画交流展をしたいとわたしのほうから企画していったら運良く通って。
それで日本の子供絵画文化使節団をつくって、だいたい40名くらいの子供とお母さんでエジプトに行って、ものすごく成功したわけ。
もう10日間いろいろなところをまわって、行くところどころにテレビが来たりね、そういう旅で子供たちもすごく満足して帰ってきて。

その翌年、渋谷の南平台にあるエジプト大使館でその年に交流した人たちと祝賀会があってそれに参加したわけ。その帰り道、いつもは車で国道246を通るんだけど、その日に限って違う道を通ったら、その日に開いたというギャラリーに出会って、そのなかにあった1枚の絵がまたすごかったんです。

――
いま、その絵もありますか?
浅葉
その時の新聞にちょっと連載をしていたのがあるけど……(言葉だけでは)わかんないと思うんだけどね。
――
(会場に向かって)では、想像してください(笑)。
浅葉
想像してください(笑)。砂漠のなかに毛布をかぶった女性の後ろ姿がある絵なんですが、この絵に、わたし自身はすっごく幸せな気持ちをもらったわけ。こういう幸せな世界に住んでいる人たちってどんな人たちだろう? 子供たちはどんな暮らしをしているんだろう?と思って……。
その時に初めてアメリカン・インディアンの世界に入ったんです。

浅葉さんをネイティブ・アメリカンとの出会いに導いた1枚の絵
(「全国婦人新聞社」女性ニュースより)

(つづく)

2019年11月16日、Asaba Art Squareにて収録。

聞き手:長沼敬憲(ハンカチーフ・ブックス編集長)
撮影:井島健至
編集協力:わたなべなおか(やらだ出版

「天におられる私たちの偉大なるスピリットは、どうして白人たちが僕たちの土地を奪う事をお許しになられたのですか!?」――ネイティブの血を引く少年の問いに、部族の長老である祖母はどう答えたのか? 物語はここから始まり、様々なエピソードを交えながら、次のメッセージを伝えます。

「地球が病んで動物たちが姿を消し始める時、
まさにその時、みんなを救うために虹の戦士があらわれる」

「インディアンが昔のスピリットを取り戻したあかつきには、インディアンは白人たちに、互いに愛しあうとはほんとうにどういうことか、あらゆる人間を愛するとはどういうことかを、今度は教えることになるだろう」

以下、補足として北山耕平さんの解説から関連する箇所をご紹介します。

「世界各地の先住民の教えが伝えている。地球が病んで、動物たちが姿を消しはじめ、人々が健康を失って愚かな振る舞いを始める頃、(中略)伝説や、物語や、古い教えや、儀式や、神話や、太古の部族の風習などを、しっかりと守ってきた者たちの時代が到来すると。(中略)「虹の戦士」とは、その人たちを指す。(中略)正義と、平和と、自由に目覚め、偉大なる精霊の存在を認める存在。日本列島は、母なる地球は、その人たちの到来を必要としている」

(北山耕平・翻案『定本 虹の戦士』太田出版より)

\ この記事をシェアする /

プロフィール

ポートフォリオ

浅葉和子 Kazuko Asaba
武蔵野美術大学グラフィックデザイン科卒業。1968年より横浜市・金沢文庫で子供の絵画教室をスタート。児童絵画を通しての異文化交流(エジプト、トルコ、アメリカ、ラオス、タイ、オーストラリア、オランダ、中国、アフリカ、メキシコなど)を行う。1991年、渡米。ロサンゼルス・カリフォルニア州立大学、ニューメキシコ大学でアートセラピーを学びながら、アメリカ先住民、北プエブロ族と交流。帰国後、子供のために絵画教室をベースにしつつ、彼らに学んだ自然との共存の精神を広く伝えるために様々な活動を展開。1999年、「金沢文庫芸術祭」を立ち上げ、アートを通じての人輿し(町輿し)運動を開始した。教室のあるスペース(アサバアートスクエア)には、一般の人が立ち寄れるカフェ&ギャラリーも併設している。著書に『魔法のアトリエ子どものデザイン教室』(創和出版)。
★アサバアートスクエア http://asabaart.com

\ 最新刊のご紹介 /

TISSUE vol.04

TISSUE vol.04
特集:毎日は愉しい

内容紹介

今回のTISSUE(ティシュー)では、「毎日は愉しい」をテーマに、さまざまな分野からつむぎだされた次の7つの物語をお届けします。無限の世界につながる扉へ、ようこそ。

¥1,728(税込)

トップへ戻る