横浜の金沢文庫を拠点に、子供たちを対象にしたアート教室を開いてきた浅葉和子さんの活動が、2019年で50周年を迎えました。
ハンカチーフ・ブックスでは、2019年12月に浅葉さんの活動拠点であるアサバ・アート・スクエア(ASABA ART SQUARE)を訪ね、ネイティブ・アメリカンとの出会い、金沢文庫芸術祭、虹の戦士のことなどをたっぷりとインタビュー、そのお話は発売中の『TISSUE Vol.4 毎日は愉しい』に掲載しました。

そして年が改まり2019年11月16日、次なるステップとして、マクロビオティック料理家の中島デコさんを金沢文庫にお招きし、料理教室とトークという2部構成のイベントを開催! 今回は、その時にお話しいただいた浅葉さんのメッセージを5回にわたってお届けします。

天から受け取った言葉をそのまま発するような浅葉さんのメッセージ。
当日のイベントに参加した方も、されなかった方も、いろいろな思いをめぐらせながらぜひご一読ください。

2アメリカン・インディアンとの出会い

2020年3月22日

浅葉
(アメリカン・インディアンというと)それまではジョン・ウェインとかの西部劇の世界、どちらかというと悪者的な……そもそも、もう意識すらしていないところからこの世界に入ったわけ。
――
いろいろな知識を得たうえでなく、何も知らない状態で……。
浅葉
ないないない(笑)。(絵を見て)どうしてこんなに幸せな平和な気持ちをわたしに与えてくれるんだろう? それだけ。

そうしたら、たまたま(ハワイに留学していた)娘の春が、アメリカで英語の勉強をしたいと言ったものだから、ロサンゼルスにいる(知り合いの)おじいちゃん、おばあちゃんに手紙を書いたんですね。そうしたら、「母親が一緒だったら預かる」という返事がきて、それではということで行ったわけ。

行くからには教室も犠牲になるし、子供もあと2人男の子がいましたが、ちょうど高校を出る年で、自分もしっかり勉強したいと思って、アートセラピーとネイティブアメリカンの文化を学ぶという2つを目標に立てて行ったんです。
2年の予定が結局4年になっちゃったんだけど、それが契機となっていろいろな人と出会って、ものすごく大きな学びを得たわけです。

――
その間、躊躇しなかったというか、自分が直感で感じたら行動しようと?
浅葉
もうあんまり考えないで、考えないで。次男が高校でれば、18歳まで面倒みたからなんとかなるかなあと、どちらかというと楽天的なところもあるので(笑)。
――
そうなんですね(笑)。アメリカ渡ってその先はどうしようとか、そういう心配もしないで?
浅葉
やっぱり人並みにちょっとは心配したけれど(笑)、行ってみたらそんなこと考えている暇はない! 日々いろいろなことが次々と起こるでしょう? だから、そんな心配してたということはまったくない!
――
それで4年間、たっぷり?
浅葉
1年間ロサンゼルスにいて、できるだけネイティブの子供たちのいる学校に行ったりしたんだけど、(出会ったのは)都市化しているネイティブで、ちょっとそれじゃ埒があかないと思って、サンタフェに移ったんです。
そこで、たまたまプエブロ族の人たちと出会って、そこのアート委員会というものに参加して、日本の状況を初めて話して。
――
日本とネイティブの文化交流ということも含めて、そこで?
浅葉
そうですね。とにかく、日本の子供が危ない、ということを伝えたの。
ちょうど70年代から80年代は、池田内閣の所得倍増計画というのが60年にあって、その弊害がそのまま子供たちに出てたわけ。
受験戦争という言葉が出たり、自殺だとか、家庭崩壊、いじめとか、もういろいろなものがダーっと出た頃なの。
その頃に、ここ(金沢文庫)も埋め立てて産業団地がつくられ、街ができて、小学校ができて……、82年だったかな? その小学校の5年生の男の子が投身自殺をしたんです。そのことを記憶している方いますか?
――
……いないですね、さすがに。
浅葉
やっぱりいないね。最近の話なんだけどな、82年って。
――
いやあ(笑)。
浅葉
で、その子がね、教室に通っている子と同じクラスの子だったわけ。いままでそういう事件というのはテレビとか新聞の上の話であって、自分の身近にはなかったので、これは何かしなくちゃいけないって……そういう時に(ギャラリーで)あの絵を見たから、余計に感じたのかもしれないないですね。
――
そういう危機感があって、実際に飛び込んで、ネイティブ・アメリカンからどんなことを一番学んだんですか?
浅葉
彼らから一番感じたのは誇り。虐げられた暮らし、リザベーション(居留地)のなかで、貧しい、冷蔵庫を開けても急に行ったら何も入ってない……だけど、誇りだけはすごいわけ。

トーク中の浅葉和子さん。

(つづく)

2019年11月16日、Asaba Art Squareにて収録。

聞き手:長沼敬憲(ハンカチーフ・ブックス編集長)
撮影:井島健至
編集協力:わたなべなおか(やらだ出版

「天におられる私たちの偉大なるスピリットは、どうして白人たちが僕たちの土地を奪う事をお許しになられたのですか!?」――ネイティブの血を引く少年の問いに、部族の長老である祖母はどう答えたのか? 物語はここから始まり、様々なエピソードを交えながら、次のメッセージを伝えます。

「地球が病んで動物たちが姿を消し始める時、
まさにその時、みんなを救うために虹の戦士があらわれる」

「インディアンが昔のスピリットを取り戻したあかつきには、インディアンは白人たちに、互いに愛しあうとはほんとうにどういうことか、あらゆる人間を愛するとはどういうことかを、今度は教えることになるだろう」

以下、補足として北山耕平さんの解説から関連する箇所をご紹介します。

「世界各地の先住民の教えが伝えている。地球が病んで、動物たちが姿を消しはじめ、人々が健康を失って愚かな振る舞いを始める頃、(中略)伝説や、物語や、古い教えや、儀式や、神話や、太古の部族の風習などを、しっかりと守ってきた者たちの時代が到来すると。(中略)「虹の戦士」とは、その人たちを指す。(中略)正義と、平和と、自由に目覚め、偉大なる精霊の存在を認める存在。日本列島は、母なる地球は、その人たちの到来を必要としている」

(北山耕平・翻案『定本 虹の戦士』太田出版より)

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プロフィール

ポートフォリオ

浅葉和子 Kazuko Asaba
武蔵野美術大学グラフィックデザイン科卒業。1968年より横浜市・金沢文庫で子供の絵画教室をスタート。児童絵画を通しての異文化交流(エジプト、トルコ、アメリカ、ラオス、タイ、オーストラリア、オランダ、中国、アフリカ、メキシコなど)を行う。1991年、渡米。ロサンゼルス・カリフォルニア州立大学、ニューメキシコ大学でアートセラピーを学びながら、アメリカ先住民、北プエブロ族と交流。帰国後、子供のために絵画教室をベースにしつつ、彼らに学んだ自然との共存の精神を広く伝えるために様々な活動を展開。1999年、「金沢文庫芸術祭」を立ち上げ、アートを通じての人輿し(町輿し)運動を開始した。教室のあるスペース(アサバアートスクエア)には、一般の人が立ち寄れるカフェ&ギャラリーも併設している。著書に『魔法のアトリエ子どものデザイン教室』(創和出版)。
★アサバアートスクエア http://asabaart.com

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