5年の歳月をかけて完成させた『フードジャーニー』。長い旅の果てに日本列島にやってきた人たちが、何を食べ、どう生きてきたのか? 2019年秋の刊行に先駆けてウェブ上で全面公開します。月・木曜日の更新になりますのでぜひご覧になってください。

4食べるために旅してきた

2019年7月29日

歴史の話に戻ることにしましょう。

初期の人類は、農耕や牧畜を始める以前、主にハンティングによって食を得ていたと言われています。

食を求めながら地球上をさまよい、獲物の多かった地域には半定住し、なかにはそこで暮らし始めたグループもいたでしょう。

もちろん、異なるグループと接触し、争うこともあったはずです。

後からやってきたグループの人数が多かったり、強いリーダーがいたり、武器を持っていたりすると、元いたグループが排除され、その土地、食がすべて奪われたこともあったでしょう。

争いから逃れたグループはそのまま流浪の民になってさまよい、また新たに食べられる場所を見つけ、食にありつけなかったグループも同じように別の土地へとさまよい……数世代をリレーしながら、その一部はアメリカ大陸を縦断し、その南端にまでたどり着きました。

いまから1万3000年ほど前のことと言われています。

ほかにもオセアニアに渡ったグループ、ポリネシアの島々に住み着いたグループ、そして、日本列島に住み着いたグループ……。旅の行程は時間とともに枝分かれし、遺伝子の系統も細分化され、かくして世界中にさまざまな部族、民族が生まれました。

この本の執筆に入る、少し前のことです。

ふと思い立って、学生時代に読んだ司馬遼太郎さんの『項羽と劉邦』(新潮社)という小説を読み返してみました。

この小説は司馬さんの初期の長編の一つで、「史記」や「漢書」をベースに古代中国のエポックな興亡のひとつ、秦の始皇帝の死から始まり、漢と楚の争い、漢帝国の成立までの歴史を描いています。

「史記」をまとめた司馬遷は紀元前1~2世紀の頃の人で、20代の前半に長い旅をし、大陸の多様な風土、人とふれあい、その土地の古老から故事を聞き出すことで史家としての基礎をつくったといいます。

小説のなかに、次のような印象的なくだりがあります。

「この大陸にあっては、王朝が衰えるとき、大陸そのものが流民の坩堝(るつぼ)になってしまう。流民のめざすところは、理想でも思想でもなく、食であった。大小の英雄豪傑というのは、流民から推戴された親分を指す。親分―英雄―は流民に食を保障することによって成立し、食を保障できない者は殺されるか、身一つで逃亡せざるをえない。(中略)

能力のある英雄のもとには五万十万という流民―兵士―がたちまち入りこんでしまい、一個の軍事勢力を形成する。二十万、五十万といったような流民の食を確保しうる者が世間から大英雄としてあつかわれ、ついには流民から王として推戴されたりする」

英雄物語の本質は食の奪い合いであるという、どこか冷めた司馬さんのとらえ方がずっと心のなかにとどまってきました。

事実、それは東アジアだけでなく、ヨーロッパでも、中東でも、南北のアメリカ大陸でも起こりました。

アフリカでも、オセアニアでも、日本列島でも……その意味では、歴史は略奪と殺し合いの血なまぐさい香りに満ちています。それは、こうしているいまも、この地球上で起こっています。

それは恨み、悲しみ、怒りの歴史とも言えますが、食をめぐる旅にはそれだけでない、希望や喜びに満ちた面もあります。

安住の場所を見つけることで、その土地に特有の食文化が生み出され、生きる喜びも多様化していったからです。

生きることには醜さもあれば、美しさもあります。

そのうちの美しさは、フランスのラスコー、スペインのアルタミラなどに遺された洞窟壁画のようなアートに結実しています。暗い洞窟のなかで描かれた灯火のような作品の数々は、遺伝子レベルで98%が重なる他のサルの仲間には描くことはできません。

美しいものを美しいと感じる、それは暗い闇の代償として得られた、ヒトという生き物だけの特権です。

生きることの絶対条件ではありませんが、ヒトは脳を発達させることで、アートもまた食べるようになりました。知識や情報も貪欲に取り込み、文字通り、生きる糧に代えてきたでしょう。私たちは腸だけでなく、脳も使って食べ、成長する、とても特異な生き物です。

フランス・モンティニャック、ラスコー洞窟の壁画より。
スペイン・バレンシア州 カステリョンの岩絵より。

(つづく)

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プロフィール

ポートフォリオ

長沼敬憲 Takanori Naganuma

作家。出版プロデューサー、コンセプター。30 代より医療・健康・食・生命科学などの分野の取材を開始、書籍の企画・編集に取り組む。著書に、『腸脳力』『最強の24時間』『ミトコントドリア“腸”健康法』など。エディターとして、累計50万部に及ぶ「骨ストレッチ」シリーズなどを手がけたほか、栗本慎一郎、光岡知足などの書籍も担当。2015年12月、活動拠点である三浦半島の葉山にて「ハンカチーフ・ブックス」を創刊、編集長を務める。哲学系インタビューBOOK『TISSUE(ティシュー)』を創刊。科学系インタビューサイト「Bio&Anthropos」(バイオ&アンスロポス)主宰。2018年夏、5年の歳月をかけてライフワーク『フードジャーニー』を脱稿。オフィシャルサイト「Little Sanctuary」(リトル・サンクチュアリ)

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