5年の歳月をかけて完成させた『フードジャーニー』。長い旅の果てに日本列島にやってきた人たちが、何を食べ、どう生きてきたのか? 2019年秋の刊行に先駆けてウェブ上で全面公開します。月・木曜日の更新になりますのでぜひご覧になってください。

5ホモ・サピエンスの脳はなぜ大きくなったのか?

2019年8月1日

ホモ・サピエンスの時代から、再び過去にさかのぼってみましょう。

動物学者の島泰三さんは、アフリカ大陸の南東、マダガスカル島に棲息するアイアイというサルの仲間を観察することで、「手と口連合仮説」というユニークな説を唱えました。

アイアイは、中指だけが針金のように細長い手を持っていることで知られています。長い間、その理由がよくわからなかったのですが、島さんはアイアイが尖った切り歯でラミーという木の実に穴を開け、その細長い指で種をかき出して食べる様子を初めて確認します。

つまり、「手の形状と口の形状、そしてその動物の食べるものは密接に関わりあっている」ということです。

こうした相関関係は、チンパンジー、ゴリラ、オランウータンなど、ほかのサルの仲間でも観察できました。

だとすれば、人類はどうなのでしょうか?

初期の人類(アウストラロピテクスなど)は、通説では、大規模な気候変動で森に棲めなくなったサルの末裔で、サバンナに放り出されることで直立歩行を始め、ヒトに進化したとされています。

こうしたサルからヒトへの過程はまだまだブラックボックスも多いですが、大きく変化したのはその食性です。

アイアイの手指と食性

島泰三『人はなぜ立ったのか?〜アイアイが教えてくれた人類の謎」(学習研究社)より

樹上生活では木の実や昆虫が主食でしたが、サバンナではほかの動物、つまり、肉食に頼るしかありません。

といっても、いきなりハンティングは無理なので、初期の頃は他の肉食動物の食べ残し、つまり屍肉を漁っていた。いや、屍肉もまたハイエナが奪っていってしまったら、あとは骨しか残りません。

島さんは、みずからの「手と口連合仮説」をふまえ、「初期の人類は骨を砕いて食べていた」と考察します。

「大型の肉食獣さえ見捨てた骨は、そうとうに大きなものが多いと考えていいから、それを口に入れるほどに割る道具が必要である。それが人類の手である。

(略)初期人類以来、人類の手の親指は太くなっていたが、それは主食である骨を割るために石(石器でないとしても)を握りしめる必要があったからだ」(注1

これに加え、(初期の人類である)「アウストラロピテクス属の頑丈な顎と大きな臼歯は、ひじょうに強い力で効率よく骨をすり潰すための道具」となるため、「初期人類の手と歯は、骨を主食にするために必要不可欠の条件をすべて満たしている」(同)といいます。

この着想のすごいところは、こうした食性の変化が直立歩行の引き金になったととらえたところでしょう。

「主食は常の食物だから、握りしめる石は常にもっていなくてはならない。握りしめた石は、四足歩行をむつかしいものにした。肉食獣が食べ残した骨があるのは、アフリカの平らなサバンナである。平坦な広野という二足歩行に適した環境条件があり、食物のために石を握りしめていた人類は、二足で立つ理由があった」(同)

直立歩行の引き金については諸説がありますが、骨を砕いて食べたという点は興味をそそります。初期の人類はそれだけ弱者であり、それゆえ生き延びる知恵が生まれたことが想像できるからです。

「じつは、骨には十分な栄養がある。それもなまじの肉よりもはるかに優れた食材なのである。(略)

牛骨、豚骨、鶏骨のたんぱく質割合とエネルギーは豚肩骨にひけをとらず、脂質はいずれも豚肩肉より高かった。むろん、カルシウム、リン、マグネシウム、ナトリウム、鉄などの無機成分は豚肩骨とくらべられないほど高く、(略)骨がいかに栄養的に優れているか、納得できる。これを食物にしない手はない」(同)

骨を食べるということは、惨めなことのように思えますが、このように思いのほか栄養があることがわかっています。

こうした骨食をベースにしつつ、原人から旧人、新人へと進化していく過程で肉にありつけるまでになったのでしょう。使用していた石もさまざまな石器に進化し、石槍や弓のような動物を倒す武器も生まれました。

初期の人類であるアウストラロピテクスがアフリカに現れた400万年ほど前の段階で、脳の大きさは300~400ccほど。

サルとさほど変わらない大きさですが、人類はその後もゆっくりと進化していき、20~30万年前に現れたホモ・サピエンスの段階で、脳の大きさは1300~1400ccに肥大化していました。

この間、農耕や牧畜はまだ始まっておらず、食べる手段はハンティングが中心でしたから、もちろん肉食です。

同時代に存在していたネアンデルタール人も肉食で、脳の容量は1500ccと、むしろ大きかったと言われています。

ネアンデルタール人が滅び、ホモ・サピエンスが生き延びた背景も諸説ありますが、前述の島さんは、ホモ・サピエンスが「水辺で潜り、魚を捕る」ことで生き延びてきたと考察しています。

「水辺の類人猿ホモ・サピエンスにとって、魚介類を主食にするニッチはことさら重要だった。それは脳の発達に欠くことができない栄養である必須脂肪酸や必須ミネラルの鉄やヨード(ヨウ素)などが含まれているからである」(注2

体毛がなくなり、皮下脂肪が厚くなったのも、他の人類に比べて骨格が華奢なのも、水中生活に適応した結果ということになりますが、ここで重視したいのはホモ・サピエンスが脂質やタンパク質によって脳を大きくさせ、知恵を磨いてきたという点でしょう。

植物から動物へ主食を切り替えることで脳を断続的に進化させ、ヒトの祖先は生き延びてきたようなのです。

(つづく)

注1 島泰三『親指はなぜ太いのか〜直立二足歩行の起原に迫る』(中央公論社)
注2 島泰三『ヒト〜異端のサルの1億年』(中央公論社)
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プロフィール

ポートフォリオ

長沼敬憲 Takanori Naganuma

作家。出版プロデューサー、コンセプター。30 代より医療・健康・食・生命科学などの分野の取材を開始、書籍の企画・編集に取り組む。著書に、『腸脳力』『最強の24時間』『ミトコントドリア“腸”健康法』など。エディターとして、累計50万部に及ぶ「骨ストレッチ」シリーズなどを手がけたほか、栗本慎一郎、光岡知足などの書籍も担当。2015年12月、活動拠点である三浦半島の葉山にて「ハンカチーフ・ブックス」を創刊、編集長を務める。哲学系インタビューBOOK『TISSUE(ティシュー)』を創刊。科学系インタビューサイト「Bio&Anthropos」(バイオ&アンスロポス)主宰。2018年夏、5年の歳月をかけてライフワーク『フードジャーニー』を脱稿。オフィシャルサイト「Little Sanctuary」(リトル・サンクチュアリ)

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