5年の歳月をかけて完成させた『フードジャーニー』。長い旅の果てに日本列島にやってきた人たちが、何を食べ、どう生きてきたのか? 2019年秋の刊行に先駆けてウェブ上で全面公開します。月・木曜日の更新になりますのでぜひご覧になってください。

7Y染色体からわかる日本人の特異性

2019年8月8日

ここで、科学の話をリンクさせていきましょう。

こうした人類の旅の足どりは、近年、核のDNAの解析によってさらに明瞭に裏付けられるようになりました。

先ほどミトコンドリアDNAの話をしましたが、新たに対象になったのは、核DNAのなかにあるY染色体です。

遺伝情報は細胞の核のなかのDNAにコードされ、そのDNAは二重らせんの構造をとりながらヒストンと呼ばれるタンパク質の小さな塊にくるくると巻かれて、染色体というまとまりになります。

ヒトはこの染色体を23対持っており、アダム(男)とイヴ(女)が受精するとそれぞれ二重らせんがほどかれ新たならせんが作られることで、次の世代に生きる情報が継承されていきます。

このうちのY染色体は男性だけが持っているため、ここを調べることで父方の系譜をさかのぼっていくことができます。ミトコンドリアの母系に対して、Y染色体は父系のルーツにあたるのです。

ちょっと専門的になりますが、遺伝子解析では二重らせんの片側の塩基配列の組み合わせ(ハプロタイプ)を対象にしており、同じ傾向のハプロタイプを持った集団(ハプログループ)が、Y染色体では18パターンに分けられることが確認されています。

つまり、人類の父方のルーツは18に分類できるということです(注1)。

Y染色体からたどる人類のルーツ

崎谷満『DNAでたどる日本人10万年の旅〜多様なヒト・言語・文化はどこから来たのか?』(昭和堂)をもとに作成

この18パターンはA~Rのタイプで分類されており、このうちのAがアフリカで生まれた最初のホモ・サピエンス。

ここから枝分かれが始まり、初期段階でアジアまで達したのがCとDのグループ、その後、コーカサスでFグループが生まれ、このFグループがヨーロッパ、アジア、アメリカ……と世界中へ拡散していくG~Rのグループにさらに派生していきます。

ここでは、日本列島にやってきたグループについて言及しましょう。

その特徴は大きく二つあり、ひとつは古い時代のDグループがいまもなお日本人の3~4割を占めているということ。Dの遺伝子の系統はさらに細かく分けられますが、このうちのD1aはチベットに、D2bは日本列島とインド洋上のアマダン諸島にのみ見出されます。

東アジアにおけるY染色体Dグループの分布


東アジアに多いのはFから枝分かれしたOのグループで、こちらは主に中国や朝鮮半島に住む人たちが該当します。日本人の2~3割がO2b、O3に該当しますが、それ以上の割合を占めているのが、東アジアの辺境にしか残存していないDグループの系統なのです。

D1bは、もともと日本列島で暮らしていた人たち、Oグループは新たに渡来し、共生するようになった人たち……その意味では、D1bを縄文人、Oを弥生人と呼んでもいいでしょう。

Y染色体の解析によって、大陸では根絶してしまったグループ(=縄文人)が滅ぼされず、新たにやって来たグループ(=弥生人)と混血し、共存してきた事実が浮かび上がってきたのです。

もうひとつの特徴は、世界に散らばった主要な3グループ(C、DE、FR)がすべて日本列島には残っているという点です。

Dグループ(縄文人)、FRグループを起源に持つOグループ(弥生人)はもちろん、Dよりもさらに古い時代に北方ルートで日本列島にたどり着いたCグループ、東南アジアでOと分岐したNのグループなども断続的に定着していることがわかっています。

Y染色体の多型分析に携わった崎谷満さんは、次のように指摘します。

「日本列島におけるY染色体亜型分布の特徴は、高いD系統の存在だけに限らず、この出アフリカの三系統のいずれにも由来するグループ、つまりC系統、D系統およびN系統・O系統が今でも共存していることが全世界的にみて珍しい状況を生んでいる。

ヨーロッパは非常にDNA多様性が高い地域ではあるが出アフリカの二系統しかみられない。

パプアニューギニア、アメリカ先住民、シベリア、インド、中国、その他、ほとんどの地域が出アフリアの二系統しか見いだせないのに対し、ここ日本列島では出アフリカの三系統の末裔が今でも認められる。これは歴史上の不思議である」(同)

Y染色体のハプログループは父方の系譜ですから、旅の途中で争いが起こり、滅ぼされてしまうと、その地域で継承されなくなります。Y染色体でわかるのは、勝者の系譜でもあるからです。

つまり、多様なハプログループが残っているということは、日本列島では特定のグループが殲滅させられるような大規模な争いがなかった、つまり平和だったという証拠になります。

なお、遺伝子解析の技術が飛躍的に進むことで、近年では核DNA全体の遺伝情報を調べることも可能になってきました。

ミトコンドリアDNAやY染色体の解析と比べた場合、核DNAから得られる情報量が圧倒的に違ってきますが、そこでわかってきたのは、縄文人のルーツが東アジアや東南アジアのグループよりもさらに古い時代にあるという点です。しかも、北方なのか南方なのか、どんな経路をたどって日本列島にたどりついたかハッキリしないにもかかわらず、いまもなお日本人の2割ほどが当てはまるといいます(注2)。

1億2千万にも及ぶ人口の2割のルーツが明確にわからないほど古いというのは、ちょっと驚きです。

(つづく)

注1 崎谷満『DNAでたどる日本人10万年の旅〜多様なヒト・言語・文化はどこから来たのか?』(昭和堂)
注2 斎藤成也『核DNA解析でたどる 日本人の源流』(河出書房新社)
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プロフィール

ポートフォリオ

長沼敬憲 Takanori Naganuma

作家。出版プロデューサー、コンセプター。30 代より医療・健康・食・生命科学などの分野の取材を開始、書籍の企画・編集に取り組む。著書に、『腸脳力』『最強の24時間』『ミトコントドリア“腸”健康法』など。エディターとして、累計50万部に及ぶ「骨ストレッチ」シリーズなどを手がけたほか、栗本慎一郎、光岡知足などの書籍も担当。2015年12月、活動拠点である三浦半島の葉山にて「ハンカチーフ・ブックス」を創刊、編集長を務める。哲学系インタビューBOOK『TISSUE(ティシュー)』を創刊。科学系インタビューサイト「Bio&Anthropos」(バイオ&アンスロポス)主宰。2018年夏、5年の歳月をかけてライフワーク『フードジャーニー』を脱稿。オフィシャルサイト「Little Sanctuary」(リトル・サンクチュアリ)

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