5年の歳月をかけて完成させた『フードジャーニー』。長い旅の果てに日本列島にやってきた人たちが、何を食べ、どう生きてきたのか? 2019年秋の刊行に先駆けてウェブ上で全面公開します。月・木曜日の更新になりますのでぜひご覧になってください。

8東の果ての「アジール」だった日本列島

2019年8月12日

この本をつくるにあたって影響を受けた研究者の一人に、経済人類学者の栗本慎一郎さんがいます。

栗本さんがベースにしている経済人類学が面白いのは、社会を一つの生き物として見る視点によって成り立っている点です。

地球全体が一つの生命体として有機的につながっているととらえ、その生の営みのなかに経済があると見なすため、歴史に関しても、西洋史、東洋史、日本史といった分け方はしません。

そうした区分けを外して、ヒトの営みの歴史をありのままに見ていくと、まずユーラシアという最大の大陸が浮かび上がります。

それは、出アフリカ以降の人類のルーツをたどったグレートジャーニーにとどまる話ではありません。

それ以後の歴史のほぼすべてがユーラシアを起点にし、その影響が辺境へ辺境へと拡散していったことがわかります(注1)。

そうした歴史のエッセンスを点描していくと……。

まず、ユーラシア大陸のなかでヒトの絶え間ない行き来があり、興亡があり、そこで起こったことが世界史の核にあったこと。

教科書で多くのページが占められているヨーロッパや中国の興亡の歴史(つまり西洋史や東洋史)は、その傍流にすぎなかったこと。

大陸の興亡史のなかでは、遊牧民、騎馬民が圧倒的な力を持ち、ゲルマン人の帝国や漢民族の王朝をつねに脅かしていたこと。

そのなかには、よく知られるモンゴル帝国だけでなく、パルティア、カザール、チュルク(突厥)、キメク汗国などの大国が数百年単位で入れ替わり立ち替わり、草原を支配し、巨利を得ていたこと。

彼らは領土ではなく人の集団を国家と見なしていたため団結力があり、それゆえ勇猛で、戦争にも強かったこと。

ユーラシアの北方に広がっていた壮大な「草原の道」こそが遊牧民たちの移動と交易のメインルートであり、古来、東西の交流は一般に思われている以上に活発に行われていたこと……(注2)。

こうした草原の道を介して様々な国々が勃興するなかで、当然、争いに敗れ、土地を追われる人たちも出てきます。

土地を追われた人たちは東へ東へと流れ、そうしたグループのどれほどかが東の果ての日本列島にたどり着きます。

「四方を海に囲まれた日本列島は、敗残者が駆け込むアジール(避難場所)のような土地だったのでしょう」

インタビューした際、栗本さんはそう話されました(注3)。

遺伝子解析の結果からもわかるように、縄文時代から弥生時代、そして古墳時代にかけて、おそらく断続的に、規模の異なる様々なグループが海を越え、日本列島にたどり着いたはずです。

その日本列島は気候が温暖で、豊かな森が広がり、しかも、まだあまりたくさんの人が住んでいませんでした。

ですから、土地を奪い合う必要もありません。東にはもう海しかない以上、「最果ての地で『これ以上争ってもしょうがないんじゃないか』という心理が働いた」(同)可能性は十分あります。

ユーラシア大陸のアジールだった日本列島……この言葉を聞いた数年後、カメラマンの井島健至さんの紹介で、ユーラシア大陸が縦になった面白い世界地図があることを知りました。

グラフィックデザイナーの原研哉さんの手によるもので、典拠となった本をたどると次のような一節がありました。

「様々なルートから多様きわまる文化を受け止める日本は相当に煩雑な文化のたまり場だったのだろう。

それら全てを受け入れ、混沌を引き受け続けることによって、逆に一気にそれらを融合させる極限のハイブリッドに到達した。

すなわち究極のシンプル、つまりゼロをもって全てを止揚することを思いついたのではないか。何もないことをもって全てをバランスさせようという感覚に到達したのではないか」(注4)

アジールとしての日本

原研哉『デザインのデザイン』(岩波書店)より

海を渡ったその東の果ての島には、確かに何もなかったでしょう。

ただ、前述したように、目の前には森が広がり、山があり、川があり、季節の移ろいのなかで豊かに暮らす人たちがいました。たどり着いた旅人たちの心の奥底では、もしかしたらルーツであるアフリカの森がオーバーラップされたかもしれません。

そこは「エデンの園」ではありませんから、住み着いていくなかで、ときに争いが起こることもあったでしょう。

しかし、エジプト、メソポタミア、黄河などで文明が生まれた世界史の黎明期、その圏外にあった日本列島では、あくせくと働かなくても食べていける豊かな時代がゆうに1万年は続いていました。

そうした縄文の記憶は、決して遠い昔の話ではなく、いまも一人ひとりの身体のなかに刻み込まれています。その意味では、日本人のたましいの故郷と言ってもいいかもしれません。

われわれの祖先は、この日本列島で何を食べ、何を感じ、何を生みだしながら生きてきたのでしょうか? ヒトの性(さが)とどう向き合い、離反してしまった自然とどう関わりあってきたのでしょう?

日本列島の歴史物語がどのように始まり、展開されたのか、これからゆっくりたどっていきたいと思います。

(つづく)

注1 栗本慎一郎『ゆがめられた地球文明の歴史〜「パンツをはいたサル」に起きた世界史の真実』、『栗本慎一郎の全世界史〜経済人類学が導いた生命論としての歴史』(ともに技術評論社)

注2 栗本慎一郎インタビュー1/第1回(インターネット「Bio & Anthropos」所収)*「事実を言えば、『シルクロードはなかった』というのが正しいんですが、仮にあると見なしたとしても、それは決して中心の道じゃないんです。もちろん、シルクロードから派生していたとされている草原の道も中心ではありません。そうではなく、東洋と西洋をつなぐ文字通りの草原の道があったわけで、こちらが本当の中心の道なんです(インタビューより抜粋)」。

注3 栗本慎一郎インタビュー2/第3回(インターネット「Bio & Anthropos」所収)

注4 原研哉『デザインのデザイン』(岩波書店)、高野孟『最新・世界地図の読み方』(講談社)
\ この記事をシェアする /

プロフィール

ポートフォリオ

長沼敬憲 Takanori Naganuma

作家。出版プロデューサー、コンセプター。30 代より医療・健康・食・生命科学などの分野の取材を開始、書籍の企画・編集に取り組む。著書に、『腸脳力』『最強の24時間』『ミトコントドリア“腸”健康法』など。エディターとして、累計50万部に及ぶ「骨ストレッチ」シリーズなどを手がけたほか、栗本慎一郎、光岡知足などの書籍も担当。2015年12月、活動拠点である三浦半島の葉山にて「ハンカチーフ・ブックス」を創刊、編集長を務める。哲学系インタビューBOOK『TISSUE(ティシュー)』を創刊。科学系インタビューサイト「Bio&Anthropos」(バイオ&アンスロポス)主宰。2018年夏、5年の歳月をかけてライフワーク『フードジャーニー』を脱稿。オフィシャルサイト「Little Sanctuary」(リトル・サンクチュアリ)

\ 最新刊のご紹介 /

TISSUE vol.04

TISSUE vol.04
特集:毎日は愉しい

内容紹介

今回のTISSUE(ティシュー)では、「毎日は愉しい」をテーマに、さまざまな分野からつむぎだされた次の7つの物語をお届けします。無限の世界につながる扉へ、ようこそ。

¥1,728(税込)

トップへ戻る