5年の歳月をかけて完成させた『フードジャーニー』。長い旅の果てに日本列島にやってきた人たちが、何を食べ、どう生きてきたのか?
第2章から日本列島に舞台を移し、まず「縄文」に注目します。月・木曜日の更新になりますのでぜひご覧になってください。

3働かずに食べられた「縄文オーク文明」。

2019年8月26日

こうしたライフスタイルは、旧来のハンティング主体の生活とのちにやってくる農耕や牧畜主体の生活、そのどちらにも属さないことから、「オーク文明」などと呼ばれることもあります。

オークはドングリ(ナラやカシの木の実)などが実る木を指しますから、さしずめドングリ文明。

世界的には、ヨーロッパ、西アジア、北米、東アジア、東南アジアなどに広まり、一定の生活圏を築いていたと言われています。その多くは小麦や米の栽培に取って代わられますが、「あまり働かないでも食べられる」という点で最も理想的な生活だったかもしれません。

世界のオークの分布図

ウィリアム・ブライアント・ローガン著、山下篤子訳『ドングリと文明〜偉大な木がつくった1万5000年の人類史』(日経BP社)より

考古学者の小山修三さんは、ドングリの採取を中心にした縄文人の食文化の効率の良さについて次のように言及しています。

「粒が大きく採集しやすいクヌギの例をとると、なりのよい木の直下では、1平方メートルあたりほぼ150グラムのドングリが採集できます。

これを反(一反は300坪=約993平方メートル)になおすと、一反150キロの生産量になります。ちなみに米の生産量は一反あたり178キロといわれているので、両者にあまり差がないことがわかります。ドングリは思いのほか生産量が高い作物なのです。

しかもコメづくりは、田植えから収穫まで、毎日汗水たらして働かなければなりませんが、ドングリはほったらかしにしておいても、勝手に実がなってくれるという利点があります。しかも収穫にかかる労働時間はずいぶん短くてすみます。(中略)みんなが一週間ほど山に出て働けば、一年分の主食がたくわえられてしまうのです」(注1)

コメを食べ慣れている現代人にすれば、「ドングリが主食になるのか? あまり美味しくないのでは?」と思うかもしれません。

ただ、きちんとアク抜きし、中身をすりつぶしてダンゴにし煮たり焼いたりして加熱すれば、十分食用になります。

100グラムあたり252キロカロリーと、熱量はコメ(精白米のごはんで168キロカロリー)を上回りますし(注2)、これに「草の実や山菜、肉や魚をまぜる」(注1)ことで、味や栄養を充実させていたようです。

実際、温暖化のピークであった縄文前期(7000~5500年前)あたりから、遺跡でドングリが数多く出土するようになります。ドングリだけでなく、クリやクルミが見つかることも珍しくありません。

わざわざ農耕を始めなくても十分に生活ができたため、ドングリベースの食文化が数千年にわたって続いたのです。

「ドングリは栄養たっぷりで、手に入れやすく、貯蔵も簡単だった。調理の手順で面倒なのはアク抜きだけだった。

ドングリの実はタンニンなどの渋み成分の含有率が高いため、食べやすくするには、実を粉に挽いて水洗いする作業が欠かせなかったのである。ドングリが見つかっている文化はすべて、そのための技術を持っていた」(注3)

ちなみに、縄文中期の代表的な集落として知られる青森の三内丸山遺跡では、クリの木の栽培がさかんでした。

アク抜きの必要がないクリやクルミは、ドングリ食が始まる以前から各地で食されてきましたが、こと三内丸山遺跡ではクリに依存する割合がとても多かったようです。栽培した痕跡もあり、最盛期には500人にも及んだという巨大集落を養うのに欠かせない食材でした。

また、ヒエの栽培もさかんでした。後世、コメの陰に隠れてしまいますが、栄養価に優れていたヒエは、東日本を中心に、その後の日本社会でも隠れた主食として影響力を持ち続けます。

こうした木の実や穀類だけではタンパク質が不足しますが、タンパク源は小動物や魚介類によって補ってきました。

縄文の一万年は豊かさの記憶と言ってよく、それは生きる糧である食を通して後世に受け継がれていきました。

(つづく)

注1 小山修三『美と楽の縄文人』(扶桑社)
注2 コメは水稲・精白米の場合。ちなみに、クリ(ゆで)は167キロカロリー、クルミは674キロカロリー。日本食品標準成分表(文部科学省)より。
注3 ウィリアム・ブライアント・ローガン著、山下篤子訳『ドングリと文明〜偉大な木がつくった1万5000年の人類史』(日経BP社)
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プロフィール

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長沼敬憲 Takanori Naganuma

作家。出版プロデューサー、コンセプター。30 代より医療・健康・食・生命科学などの分野の取材を開始、書籍の企画・編集に取り組む。著書に、『腸脳力』『最強の24時間』『ミトコントドリア“腸”健康法』など。エディターとして、累計50万部に及ぶ「骨ストレッチ」シリーズなどを手がけたほか、栗本慎一郎、光岡知足などの書籍も担当。2015年12月、活動拠点である三浦半島の葉山にて「ハンカチーフ・ブックス」を創刊、編集長を務める。哲学系インタビューBOOK『TISSUE(ティシュー)』を創刊。科学系インタビューサイト「Bio&Anthropos」(バイオ&アンスロポス)主宰。2018年夏、5年の歳月をかけてライフワーク『フードジャーニー』を脱稿。オフィシャルサイト「Little Sanctuary」(リトル・サンクチュアリ)

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