5年の歳月をかけて完成させた『フードジャーニー』。長い旅の果てに日本列島にやってきた人たちが、何を食べ、どう生きてきたのか?
第2章から日本列島に舞台を移し、まず「縄文」に注目します。月・木曜日の更新になりますのでぜひご覧になってください。

7コラム/縄文人・意外と長生きで健康だった説

2019年9月9日

縄文人は短命だったと語られることが多いですが、いまわかっている事実を重ねていくと、どうも話の筋道が合わないところが出てきます。一つ一つ順を追って考えてみましょう。

まず短命の理由ですが、一般的には感染症が挙げられます。

人類の歴史は感染症との戦いの歴史といっても過言ではなく、古今東西、天然痘、コレラ、チフス、梅毒、結核、麻疹、さらにはスペイン風邪(インフルエンザ)、エイズにいたるまで、さまざまな種類の菌、ウイルスが猛威を奮い、ときに歴史すら動かしてきました。

ただ注意しなければならないのは、感染源の多くは「農業や牧畜の発明によって定住化し過密な集落が発達し、人同士あるいは人と家畜が密接にくらすようになってから」(注1)広まったという点です。

縄文時代、まだ人口は少なく、規模の大きな農耕は確認されていません。また、海を挟んで異文化の流入はゆるやかで、その1万年あまりの期間、大陸から半ば隔離されたような環境にあったと考えられています。こうした状況を重ね合わせると感染症のリスクは平均的に少なかったはずで、死亡原因の上位には挙げるのは難しくなります。

また、貧困な食生活が短命の原因に挙げられることもありますが、縄文人の食は決して貧しかったわけではありません。

厳しい自然環境で暮らしていたわけでもなく、争いが少なく、現代人のようにストレス過多ではなかったでしょう。

豊かなのに短命というのは、ちょっと矛盾しています。

平均寿命が30歳前後、10代で亡くなることも稀でなかったという通説は(注2)、ちょっと言い過ぎではと思うのです。

気になるのは出産時のリスクで、不衛生な環境下での自然出産では、乳幼児の死亡率は確かに多かったかもしれません。平均寿命を下げる最大のネックは、おそらくここにあったはずです。

ただ、それを差し引いても平均寿命30歳というのはどうなのでしょう?

通常、縄文人の死亡年齢は出土した骨の腸骨(恥骨結合)などを使って調べられていますが、同じ腸骨でも高齢になって残りやすい耳状面を対象に、新たな統計法(ベイズ推定)で調べた研究結果があります。

これによると、「15歳以上の個体の中で65歳以上の個体が占める割合が32.5%、15歳時点での平均余命は31.5歳」(注3)と、思いのほか長生きだったという結果が得られました。

まだ十分に研究が進んでいるとは言えませんが、幼児期の死亡リスクをクリアーさえすれば高齢まで生き延びる人も一定数いて、しかも現代人以上に壮健であった可能性は十分にあります。

むしろ、平均的な健康レベルは現代人のほうが低いかもしれません。

乳幼児で亡くなるケースは激減しましたが、それは整った医療と環境インフラによって、本来ならば死んでしまう生命力の弱い人が生き永らえているとも言えるからです。

しかも、その弱った生命体が活動する場は、大気が汚れ、自然から隔離された人工的な空間です。

そのなかで過剰に働くため、生活リズム、食生活は乱れ、古代人とは違った意味でのストレスにさいなまれています。医療技術によって延命できている現実をふまえても、生存環境に恵まれていた縄文人よりも健康だというのは、ちょっと乱暴すぎるでしょう。

とはいえ、案外と長生きで、かなり元気だった縄文人も、やがて時代のなかで渡来系の人たちにイニシアチブを握られるようになります。

以下、興味深いエピソードを一つ紹介します。

医学博士の藤田紘一郎さんは、最近では腸内細菌に関する研究で知られますが、もともと寄生虫が専門分野で、若い頃にフィラリアという線虫が原因で起こる感染症の調査をしていました(注4)。

このフィラリアの感染者の多い地域は、九州や沖縄、東北の一部、海岸や離島のような辺境で、研究が進むことで成人T細胞白血病(ATL)の発症分布と重なっていることがわかりました。

ATLは、白血球の一つであるT細胞にウイルスが感染し、ガン化することで発症する、いわば血液のガンです。

このATLから病原ウイルスを分離させ、感染症であることを証明したウイルス学の日沼頼夫さんは、ATLの発症分布をふまえながら、日本列島では縄文人がキャリアであったと推論しています(注5)。

感染経路はもとより、どの程度の規模で蔓延したのかわかっていませんが、コンピューターを使ったシミュレーションによると、縄文後期(4500〜3300年前)に15万だった人口が、晩期(3300〜2800年前)に7万人にまで減っています(注6)。

人口が半数以下に減ってしまうというのは、なかなか尋常ではありません。しかも、弥生時代に入ると一気に60万人近くに増えているのです。

縄文時代の人口

小山修三・杉藤重信『縄文人口シミュレーション』(国立民族学博物館研究報告)をもとに作成。

弥生人が渡来することで、当然、混血も進んだはずですが、イニシアチブを握ったのはATLノンキャリアの弥生系であり、縄文系の人たちが優位に立つ状況ではなかったでしょう。

こうして見ていくと、縄文時代終焉の要因には、気候変動による食性の変化だけでなく、ウイルスが関わっていた可能性が十分に考えられます(注7)。

なぜ縄文人だけがキャリアだったのか? その理由もよくわかってはいませんが、日本列島の歴史の次のステージを用意する新たな主役として、稲作技術を携えた渡来民が“選ばれた”のでしょう。

以後、日本の歴史はコメをベースに進んでいくことになります。

(第3章につづく)

注1 石弘之『感染症の歴史』(洋泉社)

注2 小林和正『出土人骨による日本縄文時代人の寿命の推定』(「人口問題研究 No.102,1967」所収)

注3 長岡朋人『縄文時代人骨の古人口学的研究』(『考古学ジャーナル606,2010』所収)

注4 藤田紘一郎『バカな研究を嗤うな』(技術評論社)

注5 日沼賴夫『ウイルスから日本人の起源を探る』(『日農医誌 46巻6号』所収)

注6 小山修三・杉藤重信『縄文人口シミュレーション』(国立民族学博物館研究報告)

注7 栗本慎一郎『パンツを捨てるサル』(光文社)
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プロフィール

ポートフォリオ

長沼敬憲 Takanori Naganuma

作家。出版プロデューサー、コンセプター。30 代より医療・健康・食・生命科学などの分野の取材を開始、書籍の企画・編集に取り組む。著書に、『腸脳力』『最強の24時間』『ミトコントドリア“腸”健康法』など。エディターとして、累計50万部に及ぶ「骨ストレッチ」シリーズなどを手がけたほか、栗本慎一郎、光岡知足などの書籍も担当。2015年12月、活動拠点である三浦半島の葉山にて「ハンカチーフ・ブックス」を創刊、編集長を務める。哲学系インタビューBOOK『TISSUE(ティシュー)』を創刊。科学系インタビューサイト「Bio&Anthropos」(バイオ&アンスロポス)主宰。2018年夏、5年の歳月をかけてライフワーク『フードジャーニー』を脱稿。オフィシャルサイト「Little Sanctuary」(リトル・サンクチュアリ)

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