5年の歳月をかけて完成させた『フードジャーニー』。長い旅の果てに日本列島にやってきた人たちが、何を食べ、どう生きてきたのか?
第3章では、いよいよ日本人のアイデンティティである「和」と「太陽」の本質に迫ります。月・木曜日の更新になりますのでぜひご覧になってください。

4「わび・さび」のルーツはどこにあるか

2019年9月23日

後世、日本らしさを表す言葉として登場する「わび、さび」も、縄文以来の風土のなかから派生したものでしょう。

解釈はいろいろとありますが、編集工学者の松岡正剛さんは、わび・さびのルーツを「すさび」のなかに見出します。

このすさびとはいったい何でしょうか?

「スサビを『荒び』すなわち『荒ぶ』とみなせば、これは何かが荒れてくること、落ち着くがなくなってくること、変な感じがそこに出てくること、そういう普通ではない状態のことを意味します。

アマテラスの弟であるスサノオのスサも、きっとスサビと関係のある語源で、そのためスサノオは荒ぶ神とか荒ぶる神をあらわしていた。(中略)

一方、スサビは古くから『遊び』とも綴っていて、これはまさしく遊びです。(中略)日本の遊びはスサビを根元にもっていた。だから、何か具体的な遊びをするだけでなく、ただ何かに惹かれて心を遊ばせることをどこかでたのしむ気分になること、それも遊びだったのです」(注1)

「荒び」と「遊び」

ともに「すさび」と読む。日本神話の主役の一人、スサノオノミコト(素盞嗚尊)のキャラクターにも、「荒び」と「遊び」、この両面性がかいま見られる(島根県松江市・八重垣神社蔵)。

つまり、すさびは自然の移ろいそのもの、さらにはそれを感じ、自らを遊ばせる心のありようを指していたと言えます。

松岡さんは、ここからまず「さび」が、さらに「わび」が生まれたととらえます。

さびは「寂れること、寂しくなっていくこと」ですが、それは情景だけでなく、寂寥感のような感情も混ざり合い、やがては花も紅葉もない冬枯れの景色にすら美意識が見出されるようになります。

「これ以上進めば、そこは氷結か、さもなくば死です。それでは遊芸になりません。こうして、このサビの感覚は軌道を転回させ、『ワビ』のほうへ折れていくのです」(同)

一方のわびは「詫びる」が語源であり、「粗相を心から侘びてまで用意することがワビの気持ち」であるといい、松岡さんいわく「そこから『侘び茶』の意識が生まれた」(同)。

名品や一品が用意できなくてもいい、間に合わせでもいい。それを侘びといいう言葉で包み込み、茶の文化に変えてしまう。自然の移ろいをとらえる繊細な美意識が、時代とともに相手に対する思いや心配りといったものに昇華していったさまが見てとれるでしょう。

松岡さんは、こうした日本の風土が生み出した文化性を「一途で多様」と表現しています。

一途という言葉には一つのことに打ち込むという意味がありますが、日本人は「一途になるために、先になったり後になったりしながら、相反するものをあえて持ち込んでくる」(注1)。

おそらく、それが多様ということでしょう。

一途さは単なる真面目や勤勉ではなく、それを成り立たせる適当さがある、と解してもいいかもしれません。

その源泉には、日本列島がアジール(文化の受け皿)であったことが関係しているはずですが、注意したいのは、多様さ自体は日本列島の専売特許というわけではないという点です。

プリミティブな原始社会は、どこであっても、自然界の多様性を受け入れる感覚、アニミズムがベースになっているからです。

このアニミズムは精霊崇拝と訳されますが、わかりやすく言えば「すべての存在に生命が宿っている」というとらえ方です。

すべての存在という以上、たとえば鉱物であっても生命(魂)が宿っていることになりますが、それは生物の定義とは異なり、代謝することや、細胞を単位とすることなどを指しません。

でも、生きている? アニミズムではそうとらえます。だとすれば、視野を広げ、生命そのものの定義が必要になってきます。

つまり、生物も非生物も等しく宿しているもの……そこに重なってくるのは、振動の概念かもしれません。

振動と言うと、振り子が揺れたり、発声などで音波が伝わるイメージがありますが、物質を成り立たせている原子は、よりミクロな素粒子の振動によって成り立ち、それは万物に共通しています。

生物にも、非生物にも共通しているのが、こうした微細な振動なのです。

古代人の感覚ではこの二つの境界がさほど明確ではなく、その分、すべての存在を成り立たせている根源のゆらぎ、つまり万物のエネルギーそのものを感じる力が強かったのかもしれません。

実際、八百万(やおよろず)の神々という言葉があるように、日本では日常のそこかしこに神様がいると考えられてきました。

山にも、川にも、海にも、木にも、岩にも、あるいは、家のなかの竃(かまど)や生活道具、武具などにも……。

しかも、これらの神々は無限に分割されていきます。一柱の神からどんどんと分霊、分社が作られていきますが、もとの神は衰えたり減じたりすることがない、無限分割があるのです(注2)。

(つづく)

注1 松岡正剛『神仏たちの秘密~日本の面影の源流を解く(連塾方法日本1)』(春秋社)
注2 山折哲雄『宗教の力~日本人の心はどこへ行くのか』(PHP研究所)
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プロフィール

ポートフォリオ

長沼敬憲 Takanori Naganuma

作家。出版プロデューサー、コンセプター。30 代より医療・健康・食・生命科学などの分野の取材を開始、書籍の企画・編集に取り組む。著書に、『腸脳力』『最強の24時間』『ミトコントドリア“腸”健康法』など。エディターとして、累計50万部に及ぶ「骨ストレッチ」シリーズなどを手がけたほか、栗本慎一郎、光岡知足などの書籍も担当。2015年12月、活動拠点である三浦半島の葉山にて「ハンカチーフ・ブックス」を創刊、編集長を務める。哲学系インタビューBOOK『TISSUE(ティシュー)』を創刊。科学系インタビューサイト「Bio&Anthropos」(バイオ&アンスロポス)主宰。2018年夏、5年の歳月をかけてライフワーク『フードジャーニー』を脱稿。オフィシャルサイト「Little Sanctuary」(リトル・サンクチュアリ)

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