5「祓い」「禊」から「和」が生まれた?
2019年9月26日
また、こうしたアニミズム的な信仰には、亡くなった祖先も含まれます。
生物の定義にとらわれなければ、生と死の境界も曖昧になり、死者もまた振動としてとらえられる対象だったかもしれません。死んで無になるわけではなく、神として見守っていると感じていたでしょう。
いや、生物という枠組みにしても、突き詰めるときわめて曖昧です。
科学の世界では、代謝をしていなければ生物とは呼べないと言いましたが、その定義自体、絶対とはかぎりません。
たとえば、身体の中の臓器を一つ一つ調べていくと、そのなかに「肝臓」という器官が観察できます。
通常はこの肝臓を取り出して、さらに細かく働きを調べていきますが、肝臓は単独で存在しているわけではありません。そこには血液が取り込まれ、老廃物が取り出され、ホルモンも分泌されています。
禅僧の藤田一照さんは、曹洞宗の開祖である道元の「尽十方界真実人体」(じんじっぽうしんじつじんたい)という言葉をふまえつつ(注1)、「それらも肝臓に含めたら、どこからどこまでが肝臓かわからなくなる」と言います。
強いて言えば、身体全体が肝臓ということになりますが、一照さんは「呼吸をしなければ肝臓は動かないから、空気も必要だし、肝臓がいまの形で身体に収まっていることには、地球の重力も関わっている。そう考えたら、外部の世界も含めて肝臓ということになる」と続けます。
「だから、道元さんの言い方だと、『尽十方界』。つまり、この宇宙全体が真実の人体であるという表現になる。
尽十方界真実人体。これが一番、解釈を入れない、人の身体、われわれが存在しているあり方を表した言葉の一つじゃないですかね。(空間全体を指しながら)われわれはこれなんですよ」(注2)
僕が飼っていた牛はどこへ行った?
要するに、「自分という存在は孤立しておらず、すべてのものとつながっている」ということでしょう。
バラバラに分断されていたものが一つに感じられたら、それまでの物の見方が一変し、ここでもパラダイムシフトが起こります。
とりわけ顕著なのは、争いごとへの対処法かもしれません。
他人と根底でつながっている実感が生まれれば、一つの必然として、暴力的な手段をむやみにとりにくくなります。他者を傷つけることは、自分を傷つけることになるからです。
仮にいさかいが起こったとしても、そこで求められるのは相手を責めることでも、まして自分を責めることでもありません。調和が乱れてしまった以上、その乱れた状態を自覚し、もとのすがすがしく清らかな状態に戻すことが何よりも求められるでしょう。
古来、日本ではそれを「祓い」と呼び、海や川、滝などで身を清め、罪穢れを祓う「禊」(みそぎ)が行われてきました。
水行があくまでも基本ですが、「水に流す」という言葉があるように、腹を割って話し合うことでも穢れは祓われる、つまり、和(もとの調和した状態)が取り戻せると考えられてきました。
歴史作家の井沢元彦さんが指摘しているように、こうした和は「他の国にはない日本人特有の文化」として語られることが多いですが(注3)、注意したいのは、絶対的な権力者のいない原始社会では「話し合いによる解決」は珍しくなかったという点です。
たとえば、古代ハワイでは「話し合いによる解決」のことを「ホオポノポノ」と呼んできました。
ホオポノポノ(Ho’oponopono)のホオ(Ho’o)は「~させる」、ポノポノのポノ(pono)は「もとの正しい状態」を指すと言いますから、まさに「和」そのものだとわかるでしょう。
「和」をもって「ホオポノポノ」となす
日本列島では、国ができ、権力構造が生まれて以降もこうした和が失われず、話し合いがつねに大事にされてきました。
それは近代化が進み、グローバルのただ中にあるいまの日本の社会にも当たり前のように残存しています。特異なのは、その点でしょう。近代の合理主義、データ主義を取り込みつつ、いまもなお古代人の感覚が色濃く残る、日本はちょっと不思議な国なのです。
(つづく)
プロフィール
長沼敬憲 Takanori Naganuma
作家。出版プロデューサー、コンセプター。30 代より医療・健康・食・生命科学などの分野の取材を開始、書籍の企画・編集に取り組む。著書に、『腸脳力』『最強の24時間』『ミトコントドリア“腸”健康法』など。エディターとして、累計50万部に及ぶ「骨ストレッチ」シリーズなどを手がけたほか、栗本慎一郎、光岡知足などの書籍も担当。2015年12月、活動拠点である三浦半島の葉山にて「ハンカチーフ・ブックス」を創刊、編集長を務める。哲学系インタビューBOOK『TISSUE(ティシュー)』を創刊。科学系インタビューサイト「Bio&Anthropos」(バイオ&アンスロポス)主宰。2018年夏、5年の歳月をかけてライフワーク『フードジャーニー』を脱稿。オフィシャルサイト「Little Sanctuary」(リトル・サンクチュアリ)