8自然の移ろいが生んだ「日本らしさ」
2019年10月7日
古代の日本列島には、太陽のネットワークという見えない網の目張り巡らされていた……ここまで話のスケールが広がってしまうと、ついていけないという人もいるかもしれません。
そうとらえられるだけで、明確な証拠がないと言う人もいるでしょう。
ただ、こと日本らしさという点では、この「証拠がない」というところに大きな意味がひそんでいます。
なぜなら、日本列島はその8割が山で占められ、山の多くは森に覆われ、自然の恵みと直結していました。
わざわざピラミッドやバベルの塔(ジッグラト)のような巨大建造物を作らなくても、山川草木(自然)が信仰の対象であり、モニュメントになりえます。当時の人たちにとって、「証拠に残るようなものを作る必要がなかった」というケースが多かったでしょう。
当たり前すぎて、わざわざ記録に残すこともなかったとしたら、学問として扱うことも難しくなります。
たとえば、時が過ぎて冬至や夏至のラインの意味が忘れ去られてしまえば、あとはもう何も残りません。大神神社のように社が建てられれば信仰は残りますが、太陽信仰の意味については忘れられてしまうかもしれません。文献に記述がなければ、想像にすぎないと一蹴されるでしょう。
つまり、実態があるようで、ない。でも、ないようである。
それまで当たり前に感じられていたものでも、パラダイム(価値観)が変わってしまうと視点そのものが失われ、「なかったこと」になってしまう。自然だけが残され、痕跡は消えるのです。
前置きが長くなってしまいましたが、じつはこの「証拠がない」「痕跡が消える」ところにアニミズムの本質が表れています。
形あるものを確かだと思う無意識の刷り込みが、その背後に広がっている膨大な情報を切り捨ててしまうのです。
日本列島は、教科書に載っている世界の四大文明などと比べて「遅れている」と言われてきました。
遅れているということは、要は「時間の流れがゆるやかだった」ということです。そのゆるやかな時間のなかで実態があるようでない心もとなさが育まれ、細やかな感性がつくられていきました。
その細やかさは、後世の「わび・さび」、あるいは「もののあはれ」といった価値観の素地にあたると言っていいでしょう。
前述の松岡正剛さんが、「あわれ」に関して面白い指摘をしています。
「この『あはれ』は平安貴族の、つまりは公家がつくった感覚です。ところが平安後期になると北面の武士の台頭を背景に、新たな階層としての武家が登場し、平清盛に代表されるような武門の文化の栄華が訪れます。
しかし、この武家は公家とは出自も社会感覚もちがうのだから『あはれ』の感覚をもちあわせていない。ついついリアルな生き方をしてしまう。
(中略)そこでのちの武家たちは清盛のような貴族的な感覚をそのまま採り入れるのではなく、ちょっと別の工夫をすることになる。それが『あわれ』に対する『あっぱれ』の登場です。
すなわち『あはれ』と見えるものを『あはれ』と見ずに、あえて『あっぱれ』というふうに褒めたたえる立場をつくろうとした』(注1)
松岡さんは、「あはれ」と「あっぱれ」は裏と表、「二つで一つ対の感覚」になっていると続けます。
裏と表は、陰と陽、あるいは静と動に置き換えてもいいかもしれません。
実際、自然界には静ばかりでなく、動もあります。
静が「わび」「さび」「あはれ」だとしたら、太陽の活動に象徴される、燃えたぎるようなエネルギーが動でしょう。
あっぱれに「天晴れ」という漢字が当てられているように、それは内在する生命の力そのもの。日々移ろいゆく太陽の運行は、季節感の目安だけでなく、自らの生命の躍動とも自然と重なり合ったはずです。
かつてこの列島に住んでいた人たちは、「あはれ」と「あっぱれ」、つまり、繊細な感性と同時に、太陽のように明るく、エネルギッシュな一面も併せ持っていたのでしょう。
静と動、光と影、強さと優しさ、裏と表……まさに多神教的なエッセンスが後世に受け継がれていったのです。
(つづく)
プロフィール
長沼敬憲 Takanori Naganuma
作家。出版プロデューサー、コンセプター。30 代より医療・健康・食・生命科学などの分野の取材を開始、書籍の企画・編集に取り組む。著書に、『腸脳力』『最強の24時間』『ミトコントドリア“腸”健康法』など。エディターとして、累計50万部に及ぶ「骨ストレッチ」シリーズなどを手がけたほか、栗本慎一郎、光岡知足などの書籍も担当。2015年12月、活動拠点である三浦半島の葉山にて「ハンカチーフ・ブックス」を創刊、編集長を務める。哲学系インタビューBOOK『TISSUE(ティシュー)』を創刊。科学系インタビューサイト「Bio&Anthropos」(バイオ&アンスロポス)主宰。2018年夏、5年の歳月をかけてライフワーク『フードジャーニー』を脱稿。オフィシャルサイト「Little Sanctuary」(リトル・サンクチュアリ)