10日本経済の発火点となった「内なる対立構造」
2019年10月14日
栗本慎一郎さんは経済人類学的な視点から、こうして形成された二重構造こそ日本の経済を活性化させた要因であったと指摘します。
日本列島に生まれた二重構造が、埴原和郎さんが指摘したような(第9回参照)容姿の違い、文化の違いを生み出しただけでなく、「内なる対立」によって経済発展が生じたというのです。むしろこの点に、二重構造が生み出す力のすさまじさが現れているかもしれません。
そのプロセスを時系列に挙げると、以下のようになるといいます(注1)。
・社会内部に異質物を抱え込んだ二重性が存在している。
↓
・こうした内部の対立構造によって産業が自己発展する。
↓
・対外貿易が加わることによって巨大な経済発展につながる。
カギを握っているのは、「異質物が入り込むことで共同体内部に二重構造が生まれる」という点です。
前述の斎藤成也さんは、従来の縄文人と弥生人の対立という構図を発展させる形で、縄文人と混血した最初の渡来民、この先住グループを駆逐した後発の渡来民の対立軸として描いています。(第9回参照)
日本の神話に置き換えるなら、「国津神」と「天津神」の対立としてとらえてもいいでしょう(注2)。
こうした対立は権力争いとして描かれることが多いですが、異質物どうしが接触することで生まれる緊張は、経済を活性化させ、物資の流通をうながす面もあったわけです。
「本来、人間の社会は安定性を旨としている。それが本来の姿である。
商業や産業の発展は、共同体外部との接触により要請される場合にしか起きない。(中略)その中で、ヨーロッパと日本だけが『一定のエリアの枠内で』A対Bの二重性を持ったということが重要なのだ」(同)
現在社会に生きていると当たり前のように感じるかもしれませんが、経済活動の大もとにある「もっと豊かになりたい」「富を得たい」という感情はわけもなく湧いてくることはありません。
一万年続いた縄文時代のように、大きな変化のない、安定した状態が打ち破られるには、何らかの刺激が必要です。
日本列島ではそれが内部から起こったのです。
ヨーロッパでも同質の内部反応が起こることで、大航海時代、そして産業革命につながっていきます。
安定した社会が変化し、発展することが、そこに暮らしている人たちに幸せをもたらすかどうかはわかりません。
栗本さんが「拡大発展病」と呼ぶように、欲望が肥大化し、人を狂わせる点でむしろ病と呼ぶべきものでもあるでしょう。
ともあれ日本列島では、一万年に及んだゆるやかで安定した時間を経て、内部で自己発展が起こりました。民俗学で語られる山人やまれびとの存在、これらの辺境の人々と平地民の対立構造は、こうした二重性の一端を解き明かしたものなのでしょう(注3)。
歴史と重ね合わせるならば、国が発展する過程で生じた二重性は、
朝廷・貴族・都市 × 武士・平民・山
という対立軸を生み出し、恒常的な緊張関係をつくりだすことで江戸時代後期の経済の発展につながっていきます。
江戸時代に限っても、1500~1600万ほどの人口が3000万までに倍増し(注4)、農村には莫大な富が蓄積されます。
その富が経済を動かし、黒船来航という強烈な外部刺激を経て、明治維新以降の近代化を準備することになります。
共同体の内部に生じた二重構造という仕掛けが、1000年以上の歳月をかけて育まれ、爆発したのです。
日本社会を動かしてきた二重構造
(つづく)
プロフィール
長沼敬憲 Takanori Naganuma
作家。出版プロデューサー、コンセプター。30 代より医療・健康・食・生命科学などの分野の取材を開始、書籍の企画・編集に取り組む。著書に、『腸脳力』『最強の24時間』『ミトコントドリア“腸”健康法』など。エディターとして、累計50万部に及ぶ「骨ストレッチ」シリーズなどを手がけたほか、栗本慎一郎、光岡知足などの書籍も担当。2015年12月、活動拠点である三浦半島の葉山にて「ハンカチーフ・ブックス」を創刊、編集長を務める。哲学系インタビューBOOK『TISSUE(ティシュー)』を創刊。科学系インタビューサイト「Bio&Anthropos」(バイオ&アンスロポス)主宰。2018年夏、5年の歳月をかけてライフワーク『フードジャーニー』を脱稿。オフィシャルサイト「Little Sanctuary」(リトル・サンクチュアリ)