5年の歳月をかけて完成させた『フードジャーニー』。長い旅の果てに日本列島にやってきた人たちが、何を食べ、どう生きてきたのか?
第4章では、日本の食文化のベースになったコメ(米)との関わりについて、神話と古代史を行き来しながら掘り起こします。月・木曜日の更新になりますのでぜひご覧になってください。

3大和を拓いた先駆者“ニギハヤヒ”

2019年10月31日

古代の王権の確立には、こうした古い時代の太陽信仰に加え、「聖なる食」であるコメが深く関与していました。

政治の表舞台として知られる大和にしても、稲作に適した肥沃な土地であったため早くから開拓され、多くの人を養える場が整っていくことで、やがて政務の中心になっていったのでしょう。

いまとなっては想像しにくいですが、温暖だった縄文の頃は大阪湾が生駒山地の近くまで広がり、現在の大阪平野はほとんどが海でした。

また、京都盆地の南、宇治川、木津川、桂川、淀川の合流点に巨椋池(おぐらいけ)という巨大な池があり、水上交通の要になっていました。

その南に広がる大和盆地の一帯は海からのアプローチも容易で、「倭(やまと)は国のまほろば」(注1)という言葉そのままに、地質的にも沼地や湿原が点在する水耕に適した土地だったようです。

天皇家が進出する前、こうしたまほろば(すばらしい土地)に先住していた有力なリーダーとして、長髄彦の名を挙げました。ただ、大和にはそれ以上の大物がいたと言われています。

それが、物部氏の祖として知られる饒速日命(ニギハヤヒノミコト)です。前述した松前健さんは次のように語ります。

「ニギハヤヒノミコトは、物部氏の祖神とされている存在であるが、記紀においては、不思議なくらい、特別視されている。

中臣、忌部、大伴などの諸氏族の祖神たちが、天孫降臨のときの随伴神として、一緒に天降っているのに対し、このミコトだけは、まったく皇孫と同じ程度の資格と権威をもって、皇孫よりも早く大和の地に天降っているのである」(注2)

コメをめぐる畿内の覇権

有力者であった長髄彦にしても、娘を饒速日に娶らせ臣従しており、東征してきた神武天皇に対し、「天つ神の子がどうして二人いようか」と饒速日の正統性を主張しています。

そればかりか、敗者になったにもかかわらず、その子孫である物部氏は政権の中枢を担い、蘇我氏に敗れる6世紀後半まで勢力を保ちます。饒速日の血脈が隠然と影響を残し続けるわけです。

こうした饒速日の伝承は、通常であれば敗者の記録として骨抜きにされてしまってもおかしくはありません。

実際、詳しい事績はほとんど残されていませんが、なぜこのように妙な優遇がなされているのでしょうか? 松前さんは、「あまりにも畿内地方に古くから広く知られていた神話であって、(中略)これを無視することができなかったのであろう」(同)と語っています。

物部氏というと「蘇我氏と対立して滅ぼされた一族」という側面がクローズアップされがちですが、畿内では天皇家よりも家柄が古く、臣従して以降もかなりの実力を有していたのでしょう。

こうした饒速日=物部氏の実力は、畿内有数の開拓地であった丹波とのつながりからも推察できます。

社伝に残された彦火明の別名(天照国照彦天火明櫛玉饒速日命)にも「饒速日」の名前が出てくるからです。

饒速日という固有名詞が出てくる以上、もしかしたら饒速日と彦火明は同一人物だったのかもしれません。あるいは、同じ開拓グループの有力者として連携していた可能性もあるでしょう。

このほかにも、大阪と奈良の境界にある磐船(いわふね)神社には、饒速日が河内(大阪府)に降臨したという伝説が残されています。

縄文の頃は海だった河内も、海岸線が徐々に後退して潟になり、古代には湖に変わったと言われています。

のちに干拓が進み、平野に変わっていったことを考えると、この一帯も開拓地としては格好の土地だったはずです。

こうした点をふまえると、京都北部から奈良、大阪……つまり畿内一円に農耕開拓民(彦火明、あるいは饒速日)の一大勢力が形成され、それが古代の王権の素地になっていた可能性も見えてきます。

そこに後発の開拓民グループ(神武天皇)が割り込むことで争いが生まれ、最終的に勝者になった……このあたりが日本列島に国が成立した頃のラフスケッチになるかもしれません。

(つづく)

注1 『古事記 景行天皇』、『日本書記・景行天皇(十五)』
注2 松前健『謎解き日本神話~現代人のための神話の読み方』(大和書房)
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プロフィール

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長沼敬憲 Takanori Naganuma

作家。出版プロデューサー、コンセプター。30 代より医療・健康・食・生命科学などの分野の取材を開始、書籍の企画・編集に取り組む。著書に、『腸脳力』『最強の24時間』『ミトコントドリア“腸”健康法』など。エディターとして、累計50万部に及ぶ「骨ストレッチ」シリーズなどを手がけたほか、栗本慎一郎、光岡知足などの書籍も担当。2015年12月、活動拠点である三浦半島の葉山にて「ハンカチーフ・ブックス」を創刊、編集長を務める。哲学系インタビューBOOK『TISSUE(ティシュー)』を創刊。科学系インタビューサイト「Bio&Anthropos」(バイオ&アンスロポス)主宰。2018年夏、5年の歳月をかけてライフワーク『フードジャーニー』を脱稿。オフィシャルサイト「Little Sanctuary」(リトル・サンクチュアリ)

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