5年の歳月をかけて完成させた『フードジャーニー』。長い旅の果てに日本列島にやってきた人たちが、何を食べ、どう生きてきたのか?
第5章では、前章の主役であった「コメ」に引き続き、食文化のもうひとつの柱である「大豆」に焦点を当てていきます。
大豆という種の向こう側にあるのは《発酵》の世界。日本特有の大豆系の発酵文化を浮き彫りにし、欧米の肉の文化と対比させていきます。

3日本で花開いた「大豆発酵文化圏」

2019年12月2日

照葉樹林の森は、葉が落ちずに一年中生い茂っている常緑樹が中心であるため、落葉広葉樹のブナ林に比べると薄暗く、ここに雨が降ると、発酵にもってこいの湿気の多いジメジメとした環境になります。

有名な「照葉樹林文化論」の提唱者の一人、文化人類学者の佐々木高明さんが次のような指摘をしています。

「インド世界ではキマメ、ササゲ、ヒヨコマメをはじめ、きわめて多種類の豆類が食用に供されているにもかかわらず、大豆はほとんど重要視されていない。

ところが、大豆はヒマラヤの照葉樹林帯に入ると急にひろく利用されるようになる。しかも、それが特異な発酵食品に加工されて用いられていることは注目に値する事実である」(注1)

要するに、発酵に適した照葉樹林の風土のなかで、この土地に自生する大豆が幅広く利用されてきたということでしょう。

その一例として、照葉樹林文化論の生みの親である植物学者の中尾佐助さんは、ネパールのキネマ、インドネシアのテンペ、日本の納豆という大豆を発酵させた3種類のナットウを三角形で結びつけ、それぞれの共通のルーツが中国の雲南省にあると推定しました(注2)。

日本で納豆が食べられてきたのは東日本が中心ですから、西日本に広がっていた照葉樹林文化とは重なりませんが、製法そのものが中国、東南アジアなどから伝わった可能性はあるでしょう。

そもそも納豆は、茹でた大豆が身近にある藁の菌(枯草菌)が作用するだけで簡単に発酵が始まります。その意味では、日本で偶然に生まれた可能性も否定できません。

また、糸は引きませんが、黒豆(黒大豆)に塩を加えて発酵させた豆豉(とうち)も、発祥は照葉樹林文化圏にある中国南部であったようです。こちらは中国に広まり調味料に用いられましたが、日本の大徳寺納豆も豆豉の仲間ですし、醤油や味噌も製法は似通っています。

まだまだ解明できていないことが多いですが、牧畜をしないエリアは大豆が採れるエリアでもあり、広く大豆発酵文化圏と呼んでもいいかもしれません。

肉の文化か、大豆の文化か? それぞれの土地に適した食文化が育まれ、発酵食が生まれていったのです。

こうした発酵のメリットについては、①腸の調子を整え、消化をうながす、②栄養価や保存性が増すことが知られていますが、これに加えもう一つ大事な働きがあります。

それは③うま味を増す、つまり、食べ物を美味しくするという働きであり、ここには大豆だけでなく、魚も深く関わってきます。その代表として真っ先に思い浮かぶのが魚醤でしょう。

醤油はもともと醤(ひしお)と呼ばれ、東南アジアではタイのナンプラー、ベトナムのニョクマムなど魚を発酵させた魚醤が一般的です。

前述の石毛直道さんによると、この地域は雨季に川が氾濫することで大量に魚が獲れるため、これを保存する目的で塩辛、魚醤、なれずしなどがつくられるようになったといいます。

ポイントは、魚を塩漬けにして保存すると菌の働きでタンパク質が分解され、グルタミン酸などのうま味成分が生じる点でしょう。

こうした魚介系の発酵食品も日本に伝わり、しょっつる(秋田)、いしる(能登)、くさや(伊豆諸島)などを生み出しましたが、発酵の材料としてより重宝されたのが大豆だったわけです。

まず、ゆでた大豆や小麦に麹を加えたものを塩水で発酵させるともろみがつくられ、これを絞ると醤油になります。一方、ゆでた大豆に麹と塩を加え、絞らずに発酵を進めていったものが味噌であり、麹の原料を変えることで米味噌、麦味噌、豆味噌がつくられてきました。

醤油も味噌も麹の作用で大豆が分解されてアミノ酸(グルタミン酸)がつくられるため、魚醤と同様、特有のうま味が生じます。

納豆の場合、うま味成分であるグルタミン酸がつながることで糸を引くようになるため、よくかき混ぜて糸が引くほどにグルタミン酸が増え、うま味が増していくことになります(注3)。

こうした大豆系発酵食品は、照葉樹林のエリアにとどまらず、時代とともに日本列島全域に広まっていきますが、もとをただせばこのうま味にこそ発酵の知恵が凝縮されているかもしれません。

発酵によって生じたうま味は、ただお腹を満たすだけでなく、人に食べることの喜びをもたらしてくれたからです。

(つづく)

注1 佐々木高明『照葉樹林文化の道―ブータン・雲南から日本へ』(日本放送出版協会)
注2 中尾佐助『料理の起源 (読みなおす日本史)』(日本放送出版協会)
注3 石浦章一『タンパク質はすごい!~心と体の健康をつくるタンパク質の秘密』(技術評論社)
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プロフィール

ポートフォリオ

長沼敬憲 Takanori Naganuma

作家。出版プロデューサー、コンセプター。30 代より医療・健康・食・生命科学などの分野の取材を開始、書籍の企画・編集に取り組む。著書に、『腸脳力』『最強の24時間』『ミトコントドリア“腸”健康法』など。エディターとして、累計50万部に及ぶ「骨ストレッチ」シリーズなどを手がけたほか、栗本慎一郎、光岡知足などの書籍も担当。2015年12月、活動拠点である三浦半島の葉山にて「ハンカチーフ・ブックス」を創刊、編集長を務める。哲学系インタビューBOOK『TISSUE(ティシュー)』を創刊。科学系インタビューサイト「Bio&Anthropos」(バイオ&アンスロポス)主宰。2018年夏、5年の歳月をかけてライフワーク『フードジャーニー』を脱稿。オフィシャルサイト「Little Sanctuary」(リトル・サンクチュアリ)

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