4日本人の「味覚」はこうして生まれた
2019年11月25日
日本の発酵文化の特色はさまざまありますが、そのエッセンスはうま味の生成という点に凝縮されています。
日本の発酵食の代表と言っていい味噌汁を例に取りながら、発酵の本質について見ていきましょう。
もともと味噌はおかずとして食べられていましたが、室町時代にだしと合わさることで味噌汁が生まれ、江戸時代に「ご飯と味噌汁」の組み合わせが定着するようになりました。
うま味は、舌にある味覚細胞のレセプターが成分に反応し、神経を介して脳に情報が伝わることで実感できます。
腸に届く前にまず脳が反応し、「美味しい!」と感じるわけですが、味噌汁から得られる情報は精妙複雑です。味噌や醤油にはうま味成分であるグルタミン酸が豊富ですが、味噌汁にするとここにだしのうま味が加わり、味わいがさらに増すからです。
「うま味受容体の反応は電極を使って確認することができますが、面白いのは他のアミノ酸と一緒にグルタミン酸が入ってきた場合です。他のアミノ酸の組み合わせと比べて、反応がなんと100倍もアップします」(注1)
日本列島では、大豆系発酵のうま味に昆布、鰹節、煮干しに代表される魚介類のうま味が複合し、それぞれが持ち味を発揮することで独自のだし文化がつくられていきました。
なにしろ、昆布にはグルタミン酸、鰹節や煮干しにはイノシン酸、さらに山の幸である干し椎茸にはグアニル酸といった具合に、食材に含まれるうま味成分がひとつひとつ異なっています。
イノシン酸、グアニル酸は核酸の仲間ですが、やはり同じように作用するため、だしを組み合わせ、味噌や醤油で味つけすることでうま味の幅は深まり、ごく自然に味覚は磨かれていったでしょう。食べる喜びが増すにつれ、感性も磨かれていくのです。
味噌汁が美味しい理由
「ヨーロッパの学者たちによって、人間が感じる味覚は、甘さ、塩辛さ、苦さ、酸っぱさの4種類であるとの説が提出されたが、日本の科学者たちはこれに異議を唱えた。日本人にとって重要な、だしのうま味が説明できないからである」(注2)
ヨーロッパでは、肉やチーズ、トマトなどに含まれるグルタミン酸、イノシン酸からうま味を得てきました。
料理が苦手な人でも「肉・トマト・チーズ」があればなんとか味がまとまるのもこうしたうま味成分のおかげと言えますが、日本のだしの精妙さはヨーロッパ人には感じにくいものだったようです。
そもそも、タンパク質(アミノ酸)を「筋肉をつくる成分」とイメージしている人が多いかもしれません。
それも間違いではありませんが、大事なのは「舌を介して脳に味覚の情報を伝える」という点です。
タンパク質は一定の量を摂らなければ新陳代謝が進まず、健康が保てなくなりますが、だしのうま味のように微量であっても脳に伝わり、豊かさや喜びをもたらす大事な役割も備わっています。
日本では、発酵とだしが融合した味噌汁にエネルギー源とタンパク源であるコメのご飯が組み合わさることで、食の土台が確立しました。タンパク源という点では、発酵食品である納豆はもちろん、新鮮な魚介類もうま味を複合させる媒介になったでしょう。
ヘルシーフードとして評価される日本食ですが、うま味が層のように重なって作用し、感性が増すという点では「スピリチュアル・フード」と呼んでもいいかもしれません。
それは、弥生時代からじつに1000年以上の歳月をかけてゆっくり、ゆっくりと積み重なり、ひとつの食文化として発酵していきました。繊細と言われる日本人の感性もまたその歳月のなかで育まれ、いわば米と大豆を通じて磨かれていったのです。
(つづく)
プロフィール
長沼敬憲 Takanori Naganuma
作家。出版プロデューサー、コンセプター。30 代より医療・健康・食・生命科学などの分野の取材を開始、書籍の企画・編集に取り組む。著書に、『腸脳力』『最強の24時間』『ミトコントドリア“腸”健康法』など。エディターとして、累計50万部に及ぶ「骨ストレッチ」シリーズなどを手がけたほか、栗本慎一郎、光岡知足などの書籍も担当。2015年12月、活動拠点である三浦半島の葉山にて「ハンカチーフ・ブックス」を創刊、編集長を務める。哲学系インタビューBOOK『TISSUE(ティシュー)』を創刊。科学系インタビューサイト「Bio&Anthropos」(バイオ&アンスロポス)主宰。2018年夏、5年の歳月をかけてライフワーク『フードジャーニー』を脱稿。オフィシャルサイト「Little Sanctuary」(リトル・サンクチュアリ)