5年の歳月をかけて完成させた『フードジャーニー』。長い旅の果てに日本列島にやってきた人たちが、何を食べ、どう生きてきたのか?
第5章では、前章の主役であった「コメ」に引き続き、食文化のもうひとつの柱である「大豆」に焦点を当てていきます。
大豆という種の向こう側にあるのは《発酵》の世界。日本特有の大豆系の発酵文化を浮き彫りにし、欧米の肉の文化と対比させていきます。

6乳酸発酵をめぐる「ねじれ現象」

2019年11月25日

生物学では、この世界の生き物を独立栄養生物(植物)、従属栄養生物(動物)、分解者(菌)に分け、それぞれが生かし生かされることで生命が連鎖していくすがたをとらえています。

この生命の連鎖が生態系と呼ばれていますが、腸のなかにも生態系はあり、そこでも分解者が活躍しています。

現代に生きるわれわれは、こうした自然界のすばらしい仕組みをどこまで理解し、活用できているでしょうか? 身体と風土、発酵のつながりを、ここで改めて俯瞰してみましょう。

管理栄養士の幕内秀夫さんは、人類の歴史のなかでは「何を食べるか」よりも「何が採れるか」が重要だったと語りました(注1)。

「何を食べるか」の指標となるのはカロリーや栄養成分ですが、確かに昔の人にそんな知識はありません。その土地で採れるものを組み合わせ、試行錯誤の積み重ねのなかで食文化がつくられてきました。発酵の知恵にしても、当然、そのなかに包含されているでしょう。

身体にいいということも経験知として大事にされたと思いますが、牧畜民でもないのにヨーグルトを食べることはありません。逆に、牧畜民がわざわざ味噌汁をとることもなかったでしょう。

こうした歴史をふまえ、この150年ほどの日本を振り返ると、大きなねじれが起きていることがわかります。とりわけすさまじいのは、戦後の日本に起きた食生活の変化でしょう。

一般的には食の欧米化と呼ばれていますが、牧畜民の食文化であるヨーグルトが「腸に優しい」「健康にいい」と広まり、肉食が当たり前になっていく一方で、日本の風土のなかで育まれてきたご飯と味噌汁のクオリティーはどんどんと落ちていきました。

腸内細菌の研究も乳業メーカーが主導してきたため、結果として食文化のねじれを助長することになったでしょう。

米の消費量が減ったことや、国産大豆の生産量が激減したことはよく取りざたされますが、問題の核心は「質」にあります。

こと発酵に関しては、質の問題を抜きには語れません。

味噌については、伝統的な製法では1年以上の熟成が普通ですが、いまでは3~4ヶ月の速醸がほとんどです。おかげで生産効率は上がりましたが、それでは菌が十分に増えず、発酵の本質を考えたら、「何のために食べるのか」という心もとなさが生じてしまいます。

米についても、精製して糠や胚芽が取り除くことが当たり前になり、菌のエサになる食物繊維が不足するようになりました。

食べるということは、ただお腹を満たすことではなく、本来、「腸内細菌と栄養を分かち合う」ことを意味しています。

だからこそ共生関係が成り立っているはずですが、現実にはご飯ばかりか、スイーツや菓子、パンなど砂糖や小麦を精製したものばかり口にしています。要は自分のエゴだけを満たしているだけですから、エサにありつけない菌たちが暴れだすのは当然かもしれません。

甘いものを食べてはいけないとは言いませんが、太ることを気にするよりも、まず体内の共生者を無視している現実を知るべきでしょう。

食文化のねじれのなかにいる日本人は、自然界のつながりから見たらかなり寂しい食事をしているように感じます。

それは、愛のない生活、と呼んでもいいかもしれません。愛の根本にあるのは、菌との分かち合い、共生です。

同じご飯と味噌汁であっても、その質を見ていけば、昔よりも生命とのつながりは明らかに落ちているでしょう。栄養バランスに優れていたとしても、果たして菌との共生バランスはどうでしょうか?

常在している菌も、細胞で成り立っているという点で人の身体となんら変わりません。わたしであってわたしでない存在が同居している体内環境のなかで、われわれの健康は成り立っているのです。

腸内細菌との共生バランス

(つづく)

注1 幕内秀夫『日本人のための病気にならない食べ方』(フォレスト出版)
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プロフィール

ポートフォリオ

長沼敬憲 Takanori Naganuma

作家。出版プロデューサー、コンセプター。30 代より医療・健康・食・生命科学などの分野の取材を開始、書籍の企画・編集に取り組む。著書に、『腸脳力』『最強の24時間』『ミトコントドリア“腸”健康法』など。エディターとして、累計50万部に及ぶ「骨ストレッチ」シリーズなどを手がけたほか、栗本慎一郎、光岡知足などの書籍も担当。2015年12月、活動拠点である三浦半島の葉山にて「ハンカチーフ・ブックス」を創刊、編集長を務める。哲学系インタビューBOOK『TISSUE(ティシュー)』を創刊。科学系インタビューサイト「Bio&Anthropos」(バイオ&アンスロポス)主宰。2018年夏、5年の歳月をかけてライフワーク『フードジャーニー』を脱稿。オフィシャルサイト「Little Sanctuary」(リトル・サンクチュアリ)

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