5年の歳月をかけて完成させた『フードジャーニー』。長い旅の果てに日本列島にやってきた人たちが、何を食べ、どう生きてきたのか?
第5章では、前章の主役であった「コメ」に引き続き、食文化のもうひとつの柱である「大豆」に焦点を当てていきます。
大豆という種の向こう側にあるのは《発酵》の世界。日本特有の大豆系の発酵文化を浮き彫りにし、欧米の肉の文化と対比させていきます。

7失われゆく大豆系発酵のマジック

2019年11月25日

さて、大豆の面白いところは、根粒菌という大気中の窒素を取り込める不思議な菌と共生している点にあります。

植物に必要な土壌成分として「窒素・リン酸・カリウム」が知られますが、量的にもっとも必要とされるのが窒素です。

根粒菌は大豆から栄養をもらう代わりに、土壌に欠乏している窒素を提供し、大豆の成長を助けるのです。窒素を無尽蔵の大気から取り出す仕組み(窒素固定)は謎が多く、まさにマジックでしょう。

大豆を育てて、土壌を豊かにしてくれるのも、殻の硬い大豆を分解し、発酵させてくれるのも、場合によっては腸内でアミノ酸すら生み出してくれるのも……すべて菌の力なのです。

大豆の栽培に関して言えば、痩せた土地で育ちやすいのは、窒素固定する根粒菌が肥料をせっせと作り出してくれるからです。興味深いことに、それはエンドウ、ソラマメ、レンゲ、クローバーなど豆科の植物の多くに共通する働きだと言われています。

水田の畦(あぜ)にレンゲやクローバーが植えられてきたのは、土壌に窒素を補給する先人たちの知恵だったのでしょう。かつては大豆も畦に植えられ、コメとワンセットで栽培されていたようです。

前述したように、大豆の原産はハッキリ特定できず、原種であるツルマメは、日本列島も含め、アジアの各地に自生していたと考えられます。縄文時代中期には栽培されていた形跡があり、同時期に栽培されていたコメ(陸稲)と一緒に植えられていたかもしれません。

栄養学的に見ても、コメに含まれるアミノ酸の不足が大豆で補完できることはよく知られています。コメに不足するリジンなどの必須アミノ酸が、大豆には多く含まれているためです。

大豆は環境レベルでも、栄養レベルでも米と相思相愛の関係にあり、いつか出会う運命だったのかもしれません。

コメと大豆のコラボレーション

大豆には、米に不足しているリジンが豊富。一方、大豆に不足しているメチオニンが米に多く含まれるので、「ごはんと味噌汁」は理にかなったアミノ酸(タンパク質)摂取法でもある。

近代以降、この大豆にも奇妙なねじれが起きるようになりました。

20世紀に入るとアメリカでの大豆生産が飛躍的に伸び、小麦とともに、世界の穀物市場を動かすまでに成長したのです。

戦後、アメリカは世界最大の生産国になり、東アジア中心だったかつての生産地図は大きく塗り変わりました。ただ、アメリカ人が大豆料理を多く食べるようになったわけではありません。

味噌や醤油が欧米の食文化に溶け込み、大豆系の発酵食品が世界を席巻するようになったわけでもありません。

アメリカで生産される大豆の多くは、油として利用されてきたからです。

植物油といえばその大半は大豆油であり、調理油(サラダ油)だけでなく、マヨネーズやマーガリン、ショートニングなどに加工され、パン、ケーキ、お菓子などの原料に幅広く利用されています。

また、大豆油の搾りかすは家畜の飼料として活用され、いまや世界の畜産業を支える大事な資源になっています。

タンパク質が豊富な大豆は「畑の肉」などと呼ばれることもありますが、いまや欧米の肉食文化、さらには小麦と合体することでジャンクフード文化を成り立たせるキーそのものです。

グローバルに広がるその勢力分布を見たら、肉の文化に大豆の文化が組み敷かれたような印象すらあります。

動物系と植物系、肉と大豆……この二つの食文化が混じり合うなかで、結果として失われたもの、それが発酵のマジックです。

動物系の発酵食であるヨーグルトも健在であり、パンもワインもビールも発酵なくしては成り立ちませんが、こと身体の内部の発酵、腸内発酵という視点に立った時、何が見えてくるでしょうか?

一つ言えるのは、植物系発酵と腸内発酵の相性の良さです。

発酵という植物と菌のコラボレーションは、腸内で生じることで心身の調和を支え、健康の土台をつくってくれます。それが日本人の伝統的な食養生のベースの一つになってきたはずですが、いまやそのアドバンテージはどこかに消し飛んでしまった感があるでしょう。

原料の大豆はほとんどつくられなくなり、いまでは輸入大豆の遺伝子組み換えの安全性が問われる時代になっています。

その正否を論じることも大事ですが、まず食文化のねじれに目を向けると違った景色が見えてくるかもしれません。

乳製品のねじれ、大豆のねじれ……いまのグローバル・スタンダードが一つの極に達するなかで、“一番おいしいところ”が日本の食から抜け落ちてしまっているのを感じます。

生命が商品に置き換わり、穀物メジャーが活躍する状況も、確かに違った意味でマジックだったかもしれません。

ただ、生きるということはそれと比較にならないマジックであり、発酵はマジックのタネの一つと言えます。

ねじれたよりを戻す……いや、まず大豆をもとのさやに戻すことから始めるのが筋かもしれません。アジアの風土で生まれた大豆を、再びアジアで蘇らせるのが日本人のミッションでしょう。

次章(第6章)では、その進み方について考えてみたいと思います。

(つづく)

注1 高橋迪雄『肉食動物「ヒト」は何を食べ、どう生き延びてきたか?』(技術評論社『人の死なない世は極楽か地獄か(バク論)」所収)をもとに作成。
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プロフィール

ポートフォリオ

長沼敬憲 Takanori Naganuma

作家。出版プロデューサー、コンセプター。30 代より医療・健康・食・生命科学などの分野の取材を開始、書籍の企画・編集に取り組む。著書に、『腸脳力』『最強の24時間』『ミトコントドリア“腸”健康法』など。エディターとして、累計50万部に及ぶ「骨ストレッチ」シリーズなどを手がけたほか、栗本慎一郎、光岡知足などの書籍も担当。2015年12月、活動拠点である三浦半島の葉山にて「ハンカチーフ・ブックス」を創刊、編集長を務める。哲学系インタビューBOOK『TISSUE(ティシュー)』を創刊。科学系インタビューサイト「Bio&Anthropos」(バイオ&アンスロポス)主宰。2018年夏、5年の歳月をかけてライフワーク『フードジャーニー』を脱稿。オフィシャルサイト「Little Sanctuary」(リトル・サンクチュアリ)

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