5年の歳月をかけて完成させた『フードジャーニー』。長い旅の果てに日本列島にやってきた人たちが、何を食べ、どう生きてきたのか?
第5章では、前章の主役であった「コメ」に引き続き、食文化のもうひとつの柱である「大豆」に焦点を当てていきます。
大豆という種の向こう側にあるのは《発酵》の世界。日本特有の大豆系の発酵文化を浮き彫りにし、欧米の肉の文化と対比させていきます。

8コラム/日本食って何だろう?

2019年11月25日

神棚のお供えの基本は、「米・水・塩」。

ここに酒が加わることもありますが、神様に捧げる供物はその土地で採れる作物、生命の糧にあたります。

神社ではそれを神饌(しんせん)と呼び、ほかに餅、魚、鳥、海菜、野菜、菓子、さらにはその土地の特産などが捧げられてきました。神社(地域)によって、時代によって種類も量も変わってきますから、「塩・水・米」を神饌(お供え)の基本と考えたらいいかもしれません。

つまり、「米・水・塩」が日本人にとっての食の土台。

この土台を生存の基礎に据え、その上に知恵によって加工された「だし」や「発酵」が乗り、さらにはその土地で採れた「魚」や「野菜」が乗るというのが日本食の構造になっています。

「米・水・塩」が生存の基礎だとしたら、「だし」には五感を磨き、感性を高める役割が、「発酵」は腸を元気にし、感情を整える役割があり、「魚」から必須脂肪酸、「野菜」からビタミンやファイトケミカルが補うことができれば、栄養学的にも充実します。

食文化としてかなり完成度が高いことがうかがえますが、土地の神様への捧げ物として考えた場合、どんなものでもいいとは言えません。可能な限り、質の良いものをお供えするべきでしょう。

でも、この質の良し悪しの評価が難しいのです。

日本食の構造

たとえば、「東京の水は安全でおいしい」と言われています。

それは間違っていないと思いますが、数年前に我が家であるメーカーの活水器を取り付けた際、驚いたことがあります。入浴後の体のポカポカ感が持続し、肌の調子が明らかによくなったからです。

通常、水は硬度や不純物の有無によって特徴や安全性が語られますが、その商品は、「取り付けたパイプに水が通ると電子が発生し、水が活性化される」という触れ込みでした。

説明書を見てなんとなく理屈はわかりましたが、ちょっとあやしい感じもするでしょう? でも、引っ越すたびに工事を依頼しなくてはならず、数日間、水道水のお風呂に入らなくてはならなくなります。

すると、お風呂の質が明らかに違う。カルキの臭いも強く感じられ、あまり気持ちよくないわけです。プラセボというほうが不自然なので、きっと「水の質が変わった」のでしょう。

これはあくまで一例ですが、神社などの湧き水、霊水のたぐいにも、ふしぎな力を持ったものは少なからずあります。

安全であることは大事ですが、元気になることとイコールとは限りません。ただ、元気であることを問うていくと科学では語れないことが増え、あやしさとの境界線上で真贋を判断することになります。

そこで問われるものは、エビデンス(科学的根拠)ではなくセンスでしょう。むしろ、美術品を目利きする感覚に近くなっていきます。

水の話ばかりしてきましたが、塩もそうです。

イオン交換膜という画期的な発明によって、それまで砂浜で作られてきた塩が工場でつくられるようになり、塩田の跡地にはコンビナートが次々と立ち並び、日本は工業立国として躍進していきました。

この思い切りの良さが、日本の戦後経済を牽引した原動力かもしれません。

そうやってつくられた食塩にしても、別に体に悪いとは言えません。批判されることもありますが、十分に安全な食べ物です。でも、それは海水からつくられていた塩とは違う何かでしょう。

成分分析をすれば、食塩は99パーセントが塩化ナトリウムだとわかります。いわゆるしょっぱさの成分にあたりますが、昔ながらの製法でつくられた塩には、これ以外にも様々なミネラルが含まれています。

それらの成分をすべて含有させたとしても同じものができるわけではありません。自然と人工の間にギャップが出るのは当然ですが、テクノロジーを駆使すればするほどその溝は広がっていきます。

米についても、安全性の問題がよく問われます。

無農薬だから安心安全というのは嘘ではないでしょうが、第4章(聖なるコメの話)でも述べてきたように、米の価値はそれだけで語れません。だから、本当とも言えないでしょう。無農薬や自然栽培であったとしても、作物がベストな環境で育っているとは限らないからです。

この本では、「数値化できないものをどうとらえるか?」ということを問いかけています。なにしろ、過去の時代にさかのぼるほど、数値などというものは意味を持たなくなってきます。

大事なのは、その食材が神様にお供えするだけの価値を持っているか? 抽象的ですが、この感覚を大事にすると食との向き合い方も、その背後にある環境に対する意識も変わってくるでしょう。

日本食がすばらしいとされるのは、栄養素、栄養バランス、カロリーで語れるものではなく、そうした価値の上に成り立っていたはずです。いま、その感覚をどれくらい取り戻せるかが問われています。

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プロフィール

ポートフォリオ

長沼敬憲 Takanori Naganuma

作家。出版プロデューサー、コンセプター。30 代より医療・健康・食・生命科学などの分野の取材を開始、書籍の企画・編集に取り組む。著書に、『腸脳力』『最強の24時間』『ミトコントドリア“腸”健康法』など。エディターとして、累計50万部に及ぶ「骨ストレッチ」シリーズなどを手がけたほか、栗本慎一郎、光岡知足などの書籍も担当。2015年12月、活動拠点である三浦半島の葉山にて「ハンカチーフ・ブックス」を創刊、編集長を務める。哲学系インタビューBOOK『TISSUE(ティシュー)』を創刊。科学系インタビューサイト「Bio&Anthropos」(バイオ&アンスロポス)主宰。2018年夏、5年の歳月をかけてライフワーク『フードジャーニー』を脱稿。オフィシャルサイト「Little Sanctuary」(リトル・サンクチュアリ)

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