5年の歳月をかけて完成させた『フードジャーニー』。
長い旅の果てに日本列島にやってきた人たちが、何を食べ、どう生きてきたのか?
いよいよ最終章である第6章に突入。
長い歴史を経て、多くの智恵を身につけてきた私たち日本人。
発酵する生き方とは何か?
忘れていたことを思い出し、自らが蘇生するすべを探っていきます。
9シュレディンガーが夢見た「統合の世界」
2019年12月26日
20世紀初頭、量子物理学のパイオニアの一人、エルヴィン・シュレディンガーは著書のなかでこう述べています。
「しかし、過ぐる百年余の間に、学問の多種多様の分枝は、その広さにおいても、またその深さにおいてもますます拡がり、われわれは奇妙な矛盾に直面するに至りました。
われわれは、今までに知られてきたことの総和を結び合わせて一つの全一的なものにするに足りる信頼できる素材が、今ようやく獲得されはじめたばかりであることを、はっきりと感じます。
ところが一方では、ただ一人の人間の頭脳が、学問全体の中の一つの小さな専門領域以上のものを十分に支配することは、ほとんど不可能に近くなってしまったのです。
この矛盾を切り抜けるには(われわれの真の目的が永久に失われてしまわないようにするためには)、われわれの中の誰かが、諸々の事実や理論を総合する仕事に思い切って手をつけるより他には道がないと思います。
たとえその事実や理論の若干については、又聞きで不完全にしか知らなくとも、また物笑いの種になる危険を冒しても、そうするより他には道がないと思うのです」(注1)
いま求められるのは、こうした統合するまなざしです。シュレディンガーの時代から百年以上が経ったいま、ようやく統合されたもの、すなわち生命と向き合う準備が整ったのかもしれません。
過去の時代も人は生命と向き合ってきましたが、大きく違うのは、感覚的に向き合ってきたものに知性のフィルターを通し、文字や言語として共有し、価値に変えていく点でしょう。
ロジカルを排除してしまうのではなく、この百年ほどかけて手に入れた最新のツールとして使いこなし、目に見えないもの、感じるしかできないものを限りなく可視化させていく。
顕在意識と潜在意識を統合したより大きな舞台のなかで、失われた生命力を蘇生させる新しい知性を生み出していく。
こうした道を進む過程で助けになるのは、過去にあったもの、一つの風土で長く培われてきた文化でしょう。
観念の海にワープしてしまわず、ここにあったもの、日本人の生きてきた痕跡、DNAを大事にすること。この列島に住み続けてきたなかで培われてきた感覚をたえず意識し、取り戻すこと。
まず、自己を発酵させる土台を日常で整えつつ、旅へ出ましょう。非日常に飛び出す勇気を持ち続けましょう。
地球という星は、身体、そして細胞と合わせ鏡です。
そうしたどの階層も、免疫のセンサーが混乱してしまうような異物は満ちあふれていますから、ときに不快さや不自由を味わい、ストレスに押しつぶされそうになることもあるかもしれません。
自己と出会い、世界とつながる
でも、そのストレスと引き換えに覚醒の切符は得られます。生きるよろこび、小さなしあわせにもセンサーは反応するでしょう。
日常の間合いに息が詰まったら、旅に出て自然との間合いを取り戻し、また自らの風土に帰ってきましょう。
帰ってきたら、また食べて、暮らしていきましょう。そこにいる人たちとの間合いを図りながら、日常と非日常のバランスをとり、自分が生命の一部であることをつねに忘れないようにすること。
生命であること、生物であること、身体を持っていること。その事実から生まれる強さと優しさを求めること。
どこまでも真剣に、よりよく食べ、よりよく生きるのです。
フードジャーニーは、人類の食べる旅であると同時に、こうした風土のなかでの生の繰り返しそのものです。
いざ、生物の求める発酵する世界へ。愛にあふれた豊饒なる生命の世界へ。
(おわり)
プロフィール
長沼敬憲 Takanori Naganuma
作家。出版プロデューサー、コンセプター。30 代より医療・健康・食・生命科学などの分野の取材を開始、書籍の企画・編集に取り組む。著書に、『腸脳力』『最強の24時間』『ミトコントドリア“腸”健康法』など。エディターとして、累計50万部に及ぶ「骨ストレッチ」シリーズなどを手がけたほか、栗本慎一郎、光岡知足などの書籍も担当。2015年12月、活動拠点である三浦半島の葉山にて「ハンカチーフ・ブックス」を創刊、編集長を務める。哲学系インタビューBOOK『TISSUE(ティシュー)』を創刊。科学系インタビューサイト「Bio&Anthropos」(バイオ&アンスロポス)主宰。2018年夏、5年の歳月をかけてライフワーク『フードジャーニー』を脱稿。オフィシャルサイト「Little Sanctuary」(リトル・サンクチュアリ)