『石の花』という戦時中のユーゴスラビアを舞台にした漫画をご存じでしょうか?
1980年代、知る人ぞ知る月刊漫画誌『コミックトム』に連載された名作の一つで、作者の坂口尚さんはアニメーション制作会社「虫プロ」の出身。
あの手塚治虫をして「天才」と言わしめた伝説のアニメーターであり、漫画家としても独自の世界観に根ざした様々な作品を世に送り出しています。
いま、なぜ坂口尚なのか? それは、混迷する先に揺るぎのない光を求めるいまの世相が、見えないところで彼の哲学を強く求めていると感じるから。
『石の花』は、誰もが知っている作品ではないかもしれません。でも、作品の底流に流れる“世界を見つめるまなざし”は、おっかなびっくり世界と向かい合っていた十代の頃の僕に、いや、いまここにいる僕にも、生きるための強さと優しさを投げかけてくれます。
石の花とは何なのか? 坂口さんの作品世界から浮かび上がるまなざしの哲学を共有しましょう。

3ルサンチマンが歴史をつくりだした

2020年3月12日

この時代、ヨーロッパでは過去になかった新しい哲学が台頭していました。

その先陣を切ったのは、やはりニーチェでしょう。

ニーチェ哲学の最大のキーワードは、ルサンチマンだと言われています。

ルサンチマンは「反感」と訳されますが、何に対する反感でしょうか? ニーチェが問題にしたのは、ヨーロッパ社会を支配してきた道徳=キリスト教的な世界観です。

といっても、キリスト教という道徳が人を縛ってきたことに反感を持ったわけではありません。キリスト教そのものが反感によって成り立っていることを指摘したのです。

ニーチェを知ったのは、『石の花』と出会った数年後、竹田青嗣さんの本を読んだことがきっかけでした。当時読んだ一冊には、ルサンチマンの起源についてこう書かれてありました。

「……『よい』と『わるい』には、ふたつの評価の起源がある。ひとつは、〈高貴〉で〈力〉をもった人間の自己規定として出てきたもので、この価値評価の原理は、直接的かつ能動的である。

これに対してもうひとつの評価起源、つまり〈弱く〉〈卑俗な〉人間から出た『よい/わるい』の起源はこうだ。“あの猛禽は『悪い』、したがって、猛禽になるべく遠いもの、むしろその反対物が、すなわち子羊が、『善い』、というわけになる”。

この評価の原理は反動的である。なぜならそれは、あれは(力を持ったものたちは)『悪い』という否定の評価をまず基礎に置き、その反動として『善い』を置くからだ。そしてこの反動的な評価を支えるものは『弱い人間』の『強い人間』に対するルサンチマンなのである」(注1)

人の心に巣を食っている「力を持っているのは悪いやつらだ」というルサンチマンが、「弱い者が善いものだ」という倒錯した善悪感をつくりだした、ということでしょう。

ニーチェは、こうした価値観の中で信仰されてきた神が死ぬことで、ヨーロッパにニヒリズム(虚無)が蔓延しはじめたと語ります。いままで拠って立ってきたものはすべて倒錯であり、幻にすぎなかったと指摘したのです。

すべてが空しいと気づいたとき、人は何を拠りどころにすればいいのか? いや、拠りどころにするものなど本当にあるのか?

戦争に明け暮れたあの時代、世界はこうした精神の危機に直面していました。それはいまにいたる存在の危機と言えるかもしれません。

ニーチェのような少数の哲学者がこれを見抜き、警告していたのです。

当時ハッキリと自覚できていたわけではありませんが、『石の花』の作者である坂口さんの発想の根底には、ルサンチマンを超えようという強い意思が見え隠れします。

ルサンチマン、ニヒリズム……どちらも生きていくなかで取り憑かれ、人から精気を奪いとってしまう厄介な病巣です。

とりわけ厄介なのは、こうした病巣の根底に物事を善悪で判断する二元論的な思考がひそんでいる点でしょう。

何が正しいかを探ることは哲学の第一歩にもなりますが、正義を主張すれば軋轢が生まれ、やがて争いに発展していきます。正義を主張するから争いが起こるわけです。

では、どうすればいいか? デカルト以来の近代哲学は、宗教における神と人との関係を「主観と客観は一致するか」という命題に置き換え、その解を探りました。

たとえば、目の前にリンゴがあるとします。日常生活のなかでは「本当にリンゴがあるのか?」などと疑うことはありませんが、厳密にはリンゴの実在は証明できません。

その点は神の存在証明と変わらないのです。

前述の竹田青嗣さんは、人の認識力をコンピューターの認識装置にたとえ、コンピューターはプログラム通りに認識できても、その認識の正しさを検証できないと指摘します。

「コンピューターが『コード』の正しさを検証するためには、メタコード(コードを検証するための上位のコード)が必要である。

ところが、コンピューターにメタコードをインプットしても、今度はこのメタコードの『正しさ』をコンピューターは判定できない」(注2)

となると、何を根拠に正しさ=価値基準を求めたらいいのでしょうか?

(つづく)

注1 竹田青嗣『FOR BEGGINERシリーズ ニーチェ』(現代書館)
注2 竹田青嗣『現象学入門』(日本放送出版協会)

石の花

「戦争映画というとアメリカ、イギリスの活躍が出てくるので食傷気味であったのも事実であるが、民衆が抵抗に立ち上がったパルチザンに興味をひかれたこと、そしてユーゴは、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字が混在する複雑な環境であることの二点が、私の積極的な創作動機となった。特に“複雑な環境”は、この世界の縮小版ともいえる」(文庫版あとがきより抜粋)。主人公クリロとフィーの成長物語、様々なキャラクターが奏でる群像劇としても圧巻。1984年、潮出版社(希望コミックス)より初版発行。単行本全6巻、文庫版全5巻(講談社)。現在、取り扱いは電子書籍のみ。

VIRSION(バージョン)

学習と記憶を繰り返しながら自己増殖し、やがて「自我」を持ち、「変態」まで始めた新型バイオチップ「我素」。開発メンバーの日暮月光博士が我素とともに行方不明になると、世界各地でデータバンクがハッキングされ「VERSION」というメッセージが残される。木暮の娘・映子と私立探偵・八方塞はオーストラリアへ捜索の旅に出るが……。「古今東西すべての小説・映画・まんがの中で、いちばん最高のAI物語は、他のどれでもなくまさにこの『WERSION』です!」(作家・瀬名秀明)1991年、潮出版社(希望コミックス)より初版発行。単行本全3巻。現在、取り扱いは電子書籍のみ。

あっかんべェ一休

室町時代の禅僧、とんちでおなじみの一休さん(一休宗純)の生涯を描いた意欲作。後小松天皇の落胤として生まれた幼少期から、出家し、禅の修行に打ち込み、闇夜にカラスの鳴き声を聞いて大悟するまでの軌跡を丁寧にたどり、ブレイクスルーして自由人となった一休の素顔を浮き彫りに。自由とは? 人が生きる意味とは? 坂口作品で展開されてきたテーマが集大成として描かれる。1993年、講談社(アフタヌーンKCDX)より初版発行。単行本全4巻、文庫版上下巻。現在、文庫版のみ取り扱い。著者は、作品を描き終えた直後の1995年に逝去。

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プロフィール

ポートフォリオ

坂口尚 Hisashi Sakaguchi
1946年5月5日生まれ。高校在学中の1963年に虫プロダクションへ入社。アニメーション作品『鉄腕アトム』『ジャングル大帝』『リボンの騎士』などで動画・原画・演出を担当。その後フリーとなり、1969年、『COM』誌にて漫画家デビュー。以後多くの短編作品を発表しつつ、アニメーションの制作にも携わり、24時間テレビのスペシャルアニメ『100万年地球の旅 バンダーブック』『フウムーン』などで作画監督・設定デザイン・演出を担当。1980年、代表作の一つ『12色物語』を執筆。1983〜1995年まで、長編3部作となる『石の花』『VERSION』『あっかんべェ一休』を断続的に発表。1995年12月22日、49歳の若さで逝去。1996年、日本漫画家協会賞 優秀賞を受賞。
坂口尚オフィシャルサイト「午后の風」 http://www.hisashi-s.jp

長沼敬憲 Takanori Naganuma
作家。出版プロデューサー、コンセプター。30 代より医療・健康・食・生命科学などの分野の取材を開始、書籍の企画・編集に取り組む。著書に、『腸脳力』『最強の24時間』『ミトコントドリア“腸”健康法』など。エディターとして、累計50万部に及ぶ「骨ストレッチ」シリーズなどを手がけたほか、栗本慎一郎、光岡知足などの書籍も担当。2015年12月、活動拠点である三浦半島の葉山にて「ハンカチーフ・ブックス」を創刊、編集長を務める。哲学系インタビューBOOK『TISSUE(ティシュー)』を創刊。科学系インタビューサイト「Bio&Anthropos」(バイオ&アンスロポス)主宰。2018年夏、5年の歳月をかけてライフワーク『フードジャーニー』を脱稿。2020年4月、『ゆるむ! 最強のセルフメンテナンス』を刊行。
オフィシャルサイト「Little Sanctuary」(リトル・サンクチュアリ)

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