近年、腸にまつわる研究が世界的に注目を集めるなか、その重要なキーとして腸内細菌の生態、ヒトの健康との関わりなどが徐々に解明されてきています。

ヒトは食べることでエネルギーを得て、生命活動を営んでいますが、それは単独で成り立っているわけではなく、その背後には腸内細菌をはじめとする目に見えない微生物との協力関係、すなわち「共生」があります。

共生とはわたしとあなた、自己と非自己のコミュニケーション、この世界を一つの生態系として捉えた場合、腸もまたこうしたコミュニケーション空間の一部、いわばこの世界の縮図であることが見えてきます。

TISSUE」では、腸内細菌研究のパイオニアで、「善玉菌」「悪玉菌」の名付け親である光岡知足さん(理化学研究所名誉研究員)の足跡をたどり、氏の提唱する生き方の哲学、発想について紹介してきました。

今回はその特別編として、光岡さんとも親交のある、食品免疫学者の上野川修一さん(東京大学名誉教授)に登場いただき、腸という小宇宙の実態、そして大きく進展する腸内細菌研究のいまについて伺いました。

2017年8月、東京都内で収録。

6大事なのは「共生者への心遣い」

――
ところで、母乳というのは腸内細菌にとっても必要な栄養なんですよね。私たちは生まれた頃から菌と栄養を分け合ってきた、まさに共生ということが生きる土台だったという……。
上野川
腸内細菌と食べ物の関係について調べていくと、炭水化物やタンパク質、脂肪の種類や量によって、ヒトの腸内細菌叢が変わってくるわけです。それが健康状態に関わってくるわけですから、病気になる前に腸内細菌との共生をしっかりしなさいということだと思うんです。
――
そこは本当に光岡知足先生のおっしゃっている点からベースは変わっていないんですね? 緻密になってきているだけで。
上野川
変わってないですね。光岡先生の洞察力は、本当に素晴らしいものです。
光岡先生は日本ビフィズス菌センターの理事長をされていたのですが、その後任を10年間つとめさせていただきました。その最後の5年間だったと思います、腸内細菌の研究が世界的なブームのようになったのは。
――
その意味でも、やっぱり「共生」が生命科学、生物学分野のキーワードになってきそうですね。
上野川
個人的にはそう思っています。生命は共生していないと単独では生きられませんからね。だって、我々は何を食べているんですか? 我々と植物は共生しているわけでしょう? 人間どうしも共生です。そういう意味ではこの世界のほとんどが共生、ネットワークですよ。
――
肉眼では見えない世界も含めてのネットワークの調和のような……。
上野川
その中のすべてを研究するのは大変だから、腸内での宿主と腸内細菌の共生は、食も絡んでくるからやはり根本的なものだろうと、そういうことで研究が進んでいるわけですね。
――
自分のためだけで成り立っていない生き物どうしの関係性の中で、他者とどう調和すればいいか……。
上野川
そうです。それが共生ですから、無益な戦いなんてやっちゃいけないという話になってくるんですけどね。
――
お腹の中でも戦いはないほうがいいってことですよね。
上野川
そうですね。仲のいい腸内細菌を我々の中に生かしておくことが、やはり重要だろうと思います。
――
先生は「ヒトは何を食べたらいいか」という指標のようなものをイメージされているのでしょうか?
上野川
いまの食についての研究を基盤にして、「我々にとっての理想的な食のメニュができたらいいなと思いますが、非常に複雑で難しい問題ですね。
一つ言えるのは、これまで述べてきたように、腸内細菌にとって良いかどうかも考えなければならないということです。
自分だけでなく、腸内細菌の面倒も十分に見てあげなければいけないわけで、それが共生者への心遣いというものでしょう。食と生命というのは、人類に残された最大の解明されるべき課題のひとつですから。
――
最近では、腸とメンタルの関わりもよく取り上げられていますね? そこにはストレスも入ってくるように、食べ物との関係だけではなく、食べている時の状況なども影響しませんか?
上野川
そうですね。たとえば、脳がストレスを感知すると副腎皮質からホルモンが出て、それが免疫系に作用することはありますね。それが神経系に作用すると、当然、腸は影響を受けますからね。
――
そのあたりが「脳腸相関」ということでしょうか?
上野川
そういうことですね。
――
脳の反応は腸のぜん動運動も含めてかなり関係していると?
上野川
腸脳相関の話が出る以前は、自律神経系によって心臓も腸も自ら動いているから、脳の働きはあまり関係がないと言われていた時代がありましたが、過敏性腸症候群(IBS)のように、頭(脳)でネガティブなことを考えていると下痢なったり……それは経験的にわかりますよね?
――
思っているよりもこっち(腸)が主体の場合もありえませんか?
上野川
最近では、腸から脳に影響を与えているということも考えられるようになりました。腸は必要な時は自分で24時間動かないといけない。自律神経系は全部そうなっていますから、腸も原則としては自力で動き続けます。ただ、強いストレスがあった場合にそうした働きがおかしくなってしまう……基本的にはそんな感じでしょう。
特に腸にいる腸内細菌も脳に影響を与えることが明らかになりつつあります。いま世界中でいろんな人がこのテーマで研究していますから、今後多くのことがわかってくると思います。
――
話がつきませんが、今回はこんなところにしたいと思います。長時間、ありがとうございました。
上野川
ありがとうございました。

(おわり)

2017年8月、東京都内で収録。

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プロフィール

ポートフォリオ

上野川修一 Shuichi Kaminogawa

1942年、東京都出身。東京大学名誉教授。農学博士。東京大学農学部農芸化学科卒業。同大助手、助教授を経て、2003年まで東京大学大学院農学生命科学研究科教授。2012年まで日本大学生物資源科学科教授。食品アレルギーや腸管免疫のしくみ、腸内細菌のからだへの影響などの研究に従事。日本農芸化学会会長、内閣府食品安全委員会専門委員会座長、日本ビフィズス菌センター(腸内細菌学会)理事長を歴任。現在、日本食品免疫学会会長。紫綬褒章、国際酪農連盟賞、日本農芸化学会賞等を受賞。著書に、『からだの中の外界 腸のふしぎ』(講談社ブルーバックス)、『免疫と腸内細菌』(平凡社)、『からだと免疫のしくみ』(日本実業出版社)など多数。食アレルギー、腸管免疫、腸内細菌などに関する研究論文多数。


背景写真 by Jean-Philippe Delberghe on Unsplash

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