ビッグデータの活用が進み、AIによる自動化が進む時流のなか、システム工学の若き研究者である金尚弘さんが着目するのは、人の身体に内在する意識の働き。
人と工場、身体と機械、さらには感情とデータ……対極にあるかのように思えるこの二つの世界をつなげることで、いったい何が見えてくるのか?
普段あまり語られることのない、生物(人)と非生物(機械)の見えざる境界……。
その壁を注意深く取り払っていくと、無機質な機械の向こうにひょっこり人の姿が浮かんでくるような……。あるいは、それも幻影かのような……。
2018年12月、「骨ストレッチ」を実践されている金さんと、久しぶりに京都で再会。
彼の専門分野に分け入った、ちょっとふしぎな対話をお届けしましょう。

3「これにする!」と決める瞬間

2019年10月7日

長沼
どんな分野でも、うまくいく時といかない時があるじゃないですか。すべて理屈通りにはいかない以上、埋め切れない何かをつかんでいる状態、「暗黙知」と呼べるようなものを現場と共有することが大きいと思うんです。
それはあると思います。研究の方針を決めたりテーマを選んだりする時も、極論を言うと「好き嫌い」で選んでいると思うんですね。
予算をもらわないといけない場面で「この研究がなぜ必要なのか?」と必要性や重要性を説明できますが、突き詰めると「好き」ということに戻る人が多いんじゃないかと思います。
長沼
好きが動機だと。
「儲かるから」なんて理由もあるかもしれないですが、それにもテーマはいろいろとあり、解決へのアプローチ方法にも好きな方法と嫌いな方法が絶対にあるわけです。
長沼
その人なりの個性が反映される?
そうですね。得意なことという理由も多いですし、なかには新しいことはやりたくない人もいるかもしれません。
だけど、絶対に「好き嫌い」はあると思います。課題の解決方法を探し出すと一番早い、一番安い、一番地球環境に優しいなど出てきますが、全部試す時間なんてもちろんないですから、「これにする!」と決める瞬間には必ず「好き嫌い」を使っていると思いますよね。
長沼
それってセンスと言い換えてもいいものかもしれません。ただ、研究を通じてセンスが培われるかはわからないし、それは持って生まれたものかもしれないですよね? 指導を受けた先生の影響もあるかもしれませんし、これはなかなかマニュアル化できないところですね。
だと思います。
長沼
論理や思考はもちろん大事ですが、この感覚が失われると、いくら正しいことでもうまくいかない……それは人間関係だけじゃなく、きっと機械も同じだろうって感じるんです。人間性とはかけ離れたように見えるオートマチックな世界でも、感覚が大切な点は同じなのかなと。
それはあると思います。証明しろといわれたら難しいですが(笑)、そんなものがあるんじゃないかなと思いますね。
長沼
どうしてこういう質問をするかというと、もっと古い時代、職人の技術はものもすごく大切にされてきましたよね?
イミテーションは誰でも作れるけれど、本物とは必ず違うと。では、その鑑定を誰ができるんだっていう話になるんですが、明らかに「違いがわかる人」がいたと思うんです。
実際、その感覚を持っている者どうしで会話したほうが楽しいでしょう?
おっしゃる通り、(科学の分野でも)感覚みたいなものでかなりの部分が動いているというのはあると思います。たぶん、研究者はそれを隠しているというか、認めないかもしれないですが(笑)、でも実際に使っていますよね。
長沼
金先生はどうですか?
僕は、データ解析で言えば、まず方法論を作るんです。誰がやっても同じようにできる方法ですが、それを作るとなると、「自分がなぜこういう意思決定をしたのか?」がつねに問われます。属人的なところを排除して「誰がやってもできる」ものをめざすと、僕の個性が入った決定は許されないんです。個人を排除しないといけない。
要は、「客観的に決められるのはなぜ? 何に基づいているの?」みたいな点をつねに自分に問うような研究分野なんですが……。
長沼
面白いですね。個性をどこまでも排除していくことを自分に問うという。
で、そうやって遡っていくと「好き嫌い」が残っちゃったみたいな(笑)。
長沼
個性を排除していった先に、排除できないものが残ったという感じですかね。
ただ、その好き嫌いには、一人よがりが許されない以上、普遍性が必要ですよね。科学の法則とは違った感覚的な普遍性が……。
必要だと思いますね。少なくとも自分の「好き嫌いはここです」と提示しないと、他人も僕との共有部分がわからない。だから、そこは研究理由を作文にするのと真逆のことから始めないといけないのだと思います。

(つづく)

2018年12月、京都大学にて収録。

\ この記事をシェアする /

プロフィール

ポートフォリオ

(上)金尚弘 Sanghong KIM

1986年、大阪市生まれ。2005年、京都大学工学部入学。2014年、京都大学工学部博士課程修了、同年4月、京都大学工学研究科化学工学専攻プロセスシステム工学研究室助教に就任。化学、製薬、半導体など様々な製造プロセスから得られるデータを解析、製造効率を改善するための方法論を開発し、社会に応用してきた。2016年、人間の運動機能の改善や動作分析の研究を開始。日本の古武術をベースにした身体技法「骨ストレッチ」の創始者である松村卓氏とともに、「WT-LINE®シューズ」の開発に取り組むなど、AI、ビッグデータ、IoT(Internet of Things)に注目が集まる時流にとらわれず、自由な発想に基づいた研究に従事している。計測自動制御学会技術賞など、受賞歴多数。
オフィシャルサイト
http://www-pse.cheme.kyoto-u.ac.jp/members/kim/

(下)長沼敬憲 Takanori Naganuma

作家。出版プロデューサー、コンセプター。30 代より医療・健康・食・生命科学などの分野の取材を開始、書籍の企画・編集に取り組む。著書に、『腸脳力』『最強の24時間』『ミトコントドリア“腸”健康法』など。エディターとして、累計50万部に及ぶ「骨ストレッチ」シリーズなどを手がけたほか、栗本慎一郎、光岡知足などの書籍も担当。2015年12月、活動拠点である三浦半島の葉山にて「ハンカチーフ・ブックス」を創刊、編集長を務める。哲学系インタビューBOOK『TISSUE(ティシュー)』を創刊。科学系インタビューサイト「Bio&Anthropos」(バイオ&アンスロポス)主宰。2018年夏、5年の歳月をかけてライフワーク『フードジャーニー』を脱稿。オフィシャルサイト「Little Sanctuary」(リトル・サンクチュアリ)

\ この記事を掲載しています! /

TISSUE vol.04

TISSUE vol.04
特集:毎日は愉しい

内容紹介

今回のTISSUE(ティシュー)では、「毎日は愉しい」をテーマに、さまざまな分野からつむぎだされた次の7つの物語をお届けします。無限の世界につながる扉へ、ようこそ。

¥1,728(税込)

トップへ戻る