ビッグデータの活用が進み、AIによる自動化が進む時流のなか、システム工学の若き研究者である金尚弘さんが着目するのは、人の身体に内在する意識の働き。
人と工場、身体と機械、さらには感情とデータ……対極にあるかのように思えるこの二つの世界をつなげることで、いったい何が見えてくるのか?
普段あまり語られることのない、生物(人)と非生物(機械)の見えざる境界……。
その壁を注意深く取り払っていくと、無機質な機械の向こうにひょっこり人の姿が浮かんでくるような……。あるいは、それも幻影かのような……。
2018年12月、「骨ストレッチ」を実践されている金さんと、久しぶりに京都で再会。
彼の専門分野に分け入った、ちょっとふしぎな対話をお届けしましょう。

4「拡張する身体」としての工場

2019年10月14日

長沼
生命論、身体論の世界では、「拡張する身体」という考え方があって、それをふまえると機械は自分と別のものじゃなく、自分の機能の拡張したものということになるんです。
一番わかりやすいのが車ですね。車という乗り物は自分の身体の拡張版で、エンジンやタイヤといったオプションが付くことで機能性が増して、ものすごいスピードで目的地に行ける。自転車や飛行機にも言えますが、そうやって肉体だけでできないことが実現されるわけですよね。
どこからどこまでが自己なのかという話になるわけですが、そうなると、工場の機械も、工場自体も無機質なものではなく、工場の人にとっては「拡張する身体」になるという……。
なるほど。そういう見方をするんですね。
長沼
原理的にはそうなりますよね? 要するに、自己と他者の境界というのは、じつはかなり曖昧なものだと思うんです。
自己と他者があたかも明確にあるかのように思わされてきたのが近代社会ですから、本来はそれを解除していく必要があるし、そのほうがうまくいく可能性がでてくるわけです。
それはそんな気もしますね。
長沼
乗馬するなら「人馬一体」のほうがいいわけですから、馬だけの問題、つまり工場のシステムだけの問題じゃないですよね? 
あるいは、グローブを物じゃないととらえて大切にするイチロー選手みたいに、もっと身近な道具の話で考えてもいいかもしれません。ここでも人と物がつながっていますよね?
今日の話を伺いならが、この理屈でいえば、工場みたいな規模の大きな複雑なものも、本当は人と切り離せないと思うんです。
まあ、そういう意味でいうと、工場で機械に接している人たちは、接し方を間違えていると言えるかもしれません。
たとえば、制御室に座っている人にとっての化学プロセスって、画面に映っているだけだったりするわけです。そこでボタンを押して動かしているだけだし、機械側からの反応もただ画面で見るだけです。人馬一体という言葉で考えるならば、馬と一体感があるのと違って、制御室ではそんな感覚的なものは何もわからないと思います。
長沼
それもまたよくわかります。
実際、かなり便利なのでそれでやれてしまうというのもあるんですが、人馬一体的な形で工場を運営していくインターフェイスには、いまは全然なっていないですよね。
車の話だと、自分で操作しない自動運転の車は拡張された自分なんでしょうか? 自動運転の車がただの便利な乗り物と考えると、現代の工場はそちらを目指しているのかなと思います。全自動化とか、無人化とか……。
長沼
なるほど。ただ、そうやって自分と工場をあまり切り離して考えても、単純な話、楽しくないんじゃないかと思うんです。
それも言われますね。
長沼
たとえば、やりがいとか。だって、AIが広がると代わりはいくらでもいるような状況になってくるというし、人間性なんて不要だという話になるでしょう? それは一面でわかるんですが、すべてではないですよね。
あと、感情的なものは要らないというのは、エゴは要らないにしても、「拡張する身体」はそういうものじゃない気もするんです。
もうちょっと深いところともつながっているものかなという気がするので。
やりがいということはよく言われますね。実際、機械の状態が悪くなった時、自動で修復できるのは素晴らしいことですが、「俺が修復したんだ!」と言いたい人もいるわけですよ(笑)。ただ、そんな場面でもオートマチックに解決したほうがロスがなくていいのは確かで。
長沼
工場で考えた場合、利便性や安全性を求めるのは自然だし、ある程度しょうがないのかな?
「自動化すればいいんだ」だけでも、「俺が楽しくなければ!」だけでもダメなんですよ。どちらかがゼロになることはないんです。
長沼
ああそうか、完全にゼロにはならないと。ここに話が返ってくるわけですね。
自動化の割合がどんどん増えてはいるのは確かですが、どちらもあると認識して、難しいですが、そのうえで「自分の目線」を考えておくことが必要かもしれません。

(つづく)

2018年12月、京都大学にて収録。

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プロフィール

ポートフォリオ

(上)金尚弘 Sanghong KIM

1986年、大阪市生まれ。2005年、京都大学工学部入学。2014年、京都大学工学部博士課程修了、同年4月、京都大学工学研究科化学工学専攻プロセスシステム工学研究室助教に就任。化学、製薬、半導体など様々な製造プロセスから得られるデータを解析、製造効率を改善するための方法論を開発し、社会に応用してきた。2016年、人間の運動機能の改善や動作分析の研究を開始。日本の古武術をベースにした身体技法「骨ストレッチ」の創始者である松村卓氏とともに、「WT-LINE®シューズ」の開発に取り組むなど、AI、ビッグデータ、IoT(Internet of Things)に注目が集まる時流にとらわれず、自由な発想に基づいた研究に従事している。計測自動制御学会技術賞など、受賞歴多数。
オフィシャルサイト
http://www-pse.cheme.kyoto-u.ac.jp/members/kim/

(下)長沼敬憲 Takanori Naganuma

作家。出版プロデューサー、コンセプター。30 代より医療・健康・食・生命科学などの分野の取材を開始、書籍の企画・編集に取り組む。著書に、『腸脳力』『最強の24時間』『ミトコントドリア“腸”健康法』など。エディターとして、累計50万部に及ぶ「骨ストレッチ」シリーズなどを手がけたほか、栗本慎一郎、光岡知足などの書籍も担当。2015年12月、活動拠点である三浦半島の葉山にて「ハンカチーフ・ブックス」を創刊、編集長を務める。哲学系インタビューBOOK『TISSUE(ティシュー)』を創刊。科学系インタビューサイト「Bio&Anthropos」(バイオ&アンスロポス)主宰。2018年夏、5年の歳月をかけてライフワーク『フードジャーニー』を脱稿。オフィシャルサイト「Little Sanctuary」(リトル・サンクチュアリ)

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