ビッグデータの活用が進み、AIによる自動化が進む時流のなか、システム工学の若き研究者である金尚弘さんが着目するのは、人の身体に内在する意識の働き。
人と工場、身体と機械、さらには感情とデータ……対極にあるかのように思えるこの二つの世界をつなげることで、いったい何が見えてくるのか?
普段あまり語られることのない、生物(人)と非生物(機械)の見えざる境界……。
その壁を注意深く取り払っていくと、無機質な機械の向こうにひょっこり人の姿が浮かんでくるような……。あるいは、それも幻影かのような……。
2018年12月、「骨ストレッチ」を実践されている金さんと、久しぶりに京都で再会。
彼の専門分野に分け入った、ちょっとふしぎな対話をお届けしましょう。

5主観のない客観は存在しない?

2019年10月21日

長沼
自動運転の車の話は置くとしても、車が動くと必ず感覚も一緒に動き、意識も変化するでしょう? データを見る時も、プロが見てわかるような微細なレベルであっても、必ず感覚に影響はあるわけで……。
なるほど。自分の感覚が動き出すということですね。確かにそうです。
長沼
そこは拡張する身体の話とつながるんですが、昔は関係性が大雑把で、そこまで突き詰めなくてもいくらでも成り立つものがあったと思うんです。AIに象徴されるように、それがいまではかなり極まで来ていると。
本来、人が人のために作ったのに、どうやって関わっていくか、意味付けができていないままに進んできていますからね。
そうだと思います。とはいえ、工場を自分の能力の拡張したものととらえたことは、さすがになかったですけどね(笑)。
僕たちにとって、工場ってコンピューターのなかにあるもの、絵に書いて設計するものという感じがあるし、そう教えられてきた面もあるので、「自分の能力を高めて工場と関わり合う」と思っている人はなかなかいないでしょう。
長沼
まあ、仕事って繰り返される日常の一部で、退屈なものになりがちじゃないですか? いくら意識を変えても、全部が全部たのしいものということはないと思うんですよ。
「食べる」という工程も、エネルギーをつくるまでにいろいろな工程があって、日々すべてに心地よさを感じているわけじゃないだろうし、そんな単純なものではないからこそ、微細な感覚が成り立ち、磨いていけるものだと思うんです。
もしかしたら、そういうことをひっそりと感じている工場の人もいるかもしれません。発表したり語り合ったりする場がないだけで(笑)。
企業レベル、現場レベルでは、与えられた条件、規制の範囲で何とかするということをまずは上から、つまり他人という外部から与えられ、そこで決まったことをやるわけです。だから、自分の内側から感覚に基づいて何かするというケースは、現実にはかなり少ないと思います。もちろん、どちらも本当は大切なんですけどね。
長沼
西洋哲学には、主観と客観という概念があって、結局、そのふたつの折り合いをどうつけるかということを多くの先人が探求してきているわけですが、そのひとつに「主観のない客観はない」という考え方があります。
つまり、「自分が見ている世界と見えているもの自体が本当に一致するのか?」という問いに対して、「自分という主観が存在しない客観なんてありえるのか」という話なのですが……。
なるほど。
長沼
ただ主観には、偏見や思い込みなどのバグみたいなものが付いているので、純粋な主観というものにたどり着くのは難しいと。
たとえば、身体の使い方でも本当に感覚だけで動けたらどれだけ素晴らしい動きができるだろうと想像するじゃないですか? でも、実際にさまざまな思いやクセが入ってくるので、なかなか思い通りにはいかない。つい頭で考えてしまうとか、誰もが体験していますよね。
ただ、そういうものをどんどん削ぎ落としていった先を想定した時、外部の世界に関わるコアな感覚が存在する、それが主観であり、自己であるといった地点に立つのが実存哲学だと言えます。それはいわゆる観念の話なんですが、ただ観念に終わらせず、本当はそのコアな感覚を現実に活かせたほうがいいんだろうなと。
ええ、そうかもしれません。
長沼
ただ、近代以降の社会では、主観と客観を分離するのがスタンダードなんですよ。主観を極力切り離していった先に純粋な客観があるという……そのとらえ方が正しいかともかく、みながそう思っているわけです。その象徴が工場的な、オートマチックな社会ですよね。
だから、こうした話は観念的なようで、原理原則というか、人類が向き合ってきた根本問題みたいなところもあるんです。
いちばん根本の、存在の成り立ちみたいな……。
長沼
へんな話、「自分がいない宇宙」が成り立つのか、みたいな問いかけです。ここをしっかり押さえておかないと、本当は議論自体が成り立たないんです、「自分がいない宇宙」をいくら考えても意味がないんですから(笑)。
つまり、認識というものが最後までつきまとうわけで、どんなことであっても自己は必ず介在しているはずなんですね。
ああ、そこは先ほどの研究や研究テーマ選びと似たような話になりますね。
長沼
ええ。研究で言えば、テーマを選べる自由とか、いわゆる「主体性がある状態」というのは単純に楽しいだろうなと思うんです。

(つづく)

2018年12月、京都大学にて収録。

\ この記事をシェアする /

プロフィール

ポートフォリオ

(上)金尚弘 Sanghong KIM

1986年、大阪市生まれ。2005年、京都大学工学部入学。2014年、京都大学工学部博士課程修了、同年4月、京都大学工学研究科化学工学専攻プロセスシステム工学研究室助教に就任。化学、製薬、半導体など様々な製造プロセスから得られるデータを解析、製造効率を改善するための方法論を開発し、社会に応用してきた。2016年、人間の運動機能の改善や動作分析の研究を開始。日本の古武術をベースにした身体技法「骨ストレッチ」の創始者である松村卓氏とともに、「WT-LINE®シューズ」の開発に取り組むなど、AI、ビッグデータ、IoT(Internet of Things)に注目が集まる時流にとらわれず、自由な発想に基づいた研究に従事している。計測自動制御学会技術賞など、受賞歴多数。
オフィシャルサイト
http://www-pse.cheme.kyoto-u.ac.jp/members/kim/

(下)長沼敬憲 Takanori Naganuma

作家。出版プロデューサー、コンセプター。30 代より医療・健康・食・生命科学などの分野の取材を開始、書籍の企画・編集に取り組む。著書に、『腸脳力』『最強の24時間』『ミトコントドリア“腸”健康法』など。エディターとして、累計50万部に及ぶ「骨ストレッチ」シリーズなどを手がけたほか、栗本慎一郎、光岡知足などの書籍も担当。2015年12月、活動拠点である三浦半島の葉山にて「ハンカチーフ・ブックス」を創刊、編集長を務める。哲学系インタビューBOOK『TISSUE(ティシュー)』を創刊。科学系インタビューサイト「Bio&Anthropos」(バイオ&アンスロポス)主宰。2018年夏、5年の歳月をかけてライフワーク『フードジャーニー』を脱稿。オフィシャルサイト「Little Sanctuary」(リトル・サンクチュアリ)

\ この記事を掲載しています! /

TISSUE vol.04

TISSUE vol.04
特集:毎日は愉しい

内容紹介

今回のTISSUE(ティシュー)では、「毎日は愉しい」をテーマに、さまざまな分野からつむぎだされた次の7つの物語をお届けします。無限の世界につながる扉へ、ようこそ。

¥1,728(税込)

トップへ戻る