ビッグデータの活用が進み、AIによる自動化が進む時流のなか、システム工学の若き研究者である金尚弘さんが着目するのは、人の身体に内在する意識の働き。
人と工場、身体と機械、さらには感情とデータ……対極にあるかのように思えるこの二つの世界をつなげることで、いったい何が見えてくるのか?
普段あまり語られることのない、生物(人)と非生物(機械)の見えざる境界……。
その壁を注意深く取り払っていくと、無機質な機械の向こうにひょっこり人の姿が浮かんでくるような……。あるいは、それも幻影かのような……。
2018年12月、「骨ストレッチ」を実践されている金さんと、久しぶりに京都で再会。
彼の専門分野に分け入った、ちょっとふしぎな対話をお届けしましょう。

7すごいことのすごさを感じるには

2019年11月4日

長沼
子供の頃はどうだったんですか?
たとえば、人間や動物の寿命は鼓動の数で決まっている、だから心拍数が早い動物は早く死ぬっていう話がありますよね? 回数が決まっているので走ったりして心拍数が上がれば寿命が縮むことになるわけですが、10歳くらいの時にこの話を聞いて、「走ったほうが早く着くけれど、鼓動はたくさん打つ、どっちが得なんだろう?」って思ったのを覚えています(笑)。これって、完全にデータの世界じゃないですか?
長沼
それはすごい。
子供の頃から、こういう数字が好きだったというエピソードはたくさんありますが、感覚が備わっていたのかはわからないです。
 僕は4人兄弟の末っ子で、わがままだったらしいんですね。それをちゃんと親にも聞き入れてもらっていたので、感情に蓋をせずに成長できたのはよかったのかもしれません。蓋している人ってけっこう多いですよね?
長沼
学校の成績とは関係なく、いわゆる聡明な人っているでしょう? その理由を、家庭環境が良かったからだとかいろいろ分析しても、それって後付けで、最初から備わっている人もいると思うんです。で、そういう人って、自分が感覚的だなんてほとんど自覚していない(笑)。
なるほど。
長沼
僕は科学系のインタビュー取材もするんですが、じっくり伺っていくと、結局は感覚の話をされているんです。
 で、そういう話をされている時、やっぱりすごく楽しそうなんですね。ああ、本当はそういうことを伝えたかったんだなと。
それはすごくわかりますね。僕は研究テーマとか、何でもいいと思っているんです。
 たとえば、「化学プロセスの研究をしています」という学生がいても、卒業すると普通はもうやらない。全員が研究者になるわけではありませんから、特定の研究テーマがうまくいくかいかないかなんて彼らには関係ないんです。
 僕自身は学術的成果を出す必要もあるのかもしれませんが、学生たちにはもっと一般的な能力や感覚を身につけて卒業してほしいと思うんです。特定の研究や方法が素晴らしいとしても、それにどう向き合うか、研究だけではダメだということが大切だと知ってほしいですね。
長沼
たくさんの方にインタビューをして感じるのは、言葉にならない部分の言葉なんですよ。言ってしまうと逆に野暮な感じというか。
わかります、わかります。言ってもわからないし、言うと嘘みたいになるし(笑)。
長沼
感覚だから、いくら言葉にしてもそれだけでは嘘になるけれど、実際にやってみましょうとなったら感覚が共有できる。理屈は後でいいじゃないかとなりますよね。
研究でもそれは本当にあると思いますよ。
長沼
伝えたかったことは、多分、こっちなんだなと。研究に関するメカニズムとかプロセスも伝える必要があるし、その人にとって、それが社会的なアイデンティティであるわけですが、そこしか書かれないというのでは……。
ええ、両方ありますよね。いや、両方あるものだと思わないと。
長沼
正直、賞だけもらっても楽しくないと思うんです。脳は喜ぶかもしれないけれど、大事なのは共有感なんですよ。
 その研究がすごいという、すごいことのすごさがわかってもらえるかどうか? そのすごいことを見つけた人の感覚までわかってもらえる仲間がいて、それも全部含めて「受賞おめでとうございます」という(笑)。
そういう意味でいうと、データの解析にも個性が入りますが、論文ではその個性が消されているじゃないですか。学生たちにも、その人が何を思って数式をつくったのか思いを馳せるようにと言っていますが、大事なのはそこですね。論文を読んで、数式がわかるだけでも便利ですが、便利さだけじゃダメだという。
長沼
肝心なことは直接書いてない、だからいいと思うんです。感覚だから書けないし、だからすばらしいし、美しい。
ええ。そんなものまで論文に書いても野暮だし、飲み屋で言うのももっと野暮だし(笑)。

(おわり)

2018年12月、京都大学にて収録。

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プロフィール

ポートフォリオ

(上)金尚弘 Sanghong KIM

1986年、大阪市生まれ。2005年、京都大学工学部入学。2014年、京都大学工学部博士課程修了、同年4月、京都大学工学研究科化学工学専攻プロセスシステム工学研究室助教に就任。化学、製薬、半導体など様々な製造プロセスから得られるデータを解析、製造効率を改善するための方法論を開発し、社会に応用してきた。2016年、人間の運動機能の改善や動作分析の研究を開始。日本の古武術をベースにした身体技法「骨ストレッチ」の創始者である松村卓氏とともに、「WT-LINE®シューズ」の開発に取り組むなど、AI、ビッグデータ、IoT(Internet of Things)に注目が集まる時流にとらわれず、自由な発想に基づいた研究に従事している。計測自動制御学会技術賞など、受賞歴多数。
オフィシャルサイト
http://www-pse.cheme.kyoto-u.ac.jp/members/kim/

(下)長沼敬憲 Takanori Naganuma

作家。出版プロデューサー、コンセプター。30 代より医療・健康・食・生命科学などの分野の取材を開始、書籍の企画・編集に取り組む。著書に、『腸脳力』『最強の24時間』『ミトコントドリア“腸”健康法』など。エディターとして、累計50万部に及ぶ「骨ストレッチ」シリーズなどを手がけたほか、栗本慎一郎、光岡知足などの書籍も担当。2015年12月、活動拠点である三浦半島の葉山にて「ハンカチーフ・ブックス」を創刊、編集長を務める。哲学系インタビューBOOK『TISSUE(ティシュー)』を創刊。科学系インタビューサイト「Bio&Anthropos」(バイオ&アンスロポス)主宰。2018年夏、5年の歳月をかけてライフワーク『フードジャーニー』を脱稿。オフィシャルサイト「Little Sanctuary」(リトル・サンクチュアリ)

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