目には見えない微生物たちの働きがヒトの健康に大きな影響を与えている……その象徴が、腸内に棲んでいる無数の細菌たち(腸内細菌)。日本はこうした腸内細菌の働きを助ける発酵食品の宝庫ですが、「なぜ腸内細菌が重要なのか?」「腸の健康を保つことがなぜ心身の健康につながるのか?」……肝心な点が意外と知られていません。
腸内細菌学の生みの親である光岡知足さんのお話を通し、腸・健康・食事の関わりをじっくりと探っていきましょう。

1ヨーグルトって本当に体にいいんでしょうか?

2019年9月26日

――
先生、世の中には「●●●を食べれば健康になれる」という話がとても多いですよね? たとえば発酵食品の代表であるヨーグルトに関しても、同じような質問を受けることが多いんです。「ヨーグルトって、本当に体にいいんでしょうか」って。
光岡
一つの食品を摂っただけで健康になれるということはありませんよ。
――
ヨーグルトを食べると腸内環境が改善されると言われていますね? こちらについてはどう考えればいいでしょうか?
光岡
腸内環境が改善されるということは、腸内の善玉菌の働きが優勢になるということです。
善玉菌というのは私が便宜的に名づけたもので、ヒトの腸では乳酸菌の一種、ビフィズス菌が該当すると考えてください。要するに、ヨーグルトを食べるとこの善玉菌=ビフィズス菌が増えるのかということだと思いますが、単純に「はい、そうです」とは言えないですね。
――
増えるかどうかという点で言えば……。
光岡
生きた菌が腸まで届いて、そこで増殖するということは普通はないですから。それは実験でも検証しています。
――
後ほど詳しく伺いますが、「生きた菌が腸に届いて増えるのではない」んですね? この話だけでもビックリする人は多いと思いますが……。
光岡
正確には、生きて届くかどうかはあまり重要ではないということです。ヨーグルトが体にいいとされるのは、別のメカニズムで考えなくてはいけない問題です。
――
「生きた菌が腸で増えるわけではない、だからヨーグルトなんて摂っても意味はない」……そう簡単に言えるわけでもない?
光岡
そう結論付けてしまうのは単純すぎます。
――
簡単に白黒つけるのをやめにしたほうがいいということですね。
光岡
はい。そのほうが安心できるのかもしれませんが、現実はもう少し複雑です。まず、乳酸菌の種類について考えてみたいと思うのですが……。
――
ヒトの腸内に生息している善玉菌は、(乳酸菌の一種である)ビフィズス菌ですよね?
光岡
そうです。私が研究を始めた当初(1950年代)は、ビフィズス菌は赤ちゃんの腸内にしか生息していないと思われていたのですが、その後の研究で、大人の腸内でもたくさん生息することがわかってきました。これに対して、他の動物の腸内に多数生息している乳酸菌は、ビフィズス菌ではなく、ラクトバチルス(乳酸桿菌)という菌です。
同じ乳酸菌でも、種類がまったく違うんです。ですから私は、ヒトを「ビフィズス菌動物」、ほかの動物を「ラクトバチルス動物」とも呼んでいます。
――
なるほど。確か先生は、腸の健康を保つためにはビフィズス菌が腸内細菌の20%ほどの割合で棲息している必要があるとおっしゃっていますね?
光岡
そうです。大人の場合は20%くらいが目安です。逆にこの割合が落ちてくると悪玉菌の繁殖がさかんになり、便がとても臭くなります。もちろん、健康レベルも低下していくでしょう。
――
ヒトの腸内で大事なのはあくまでも「ビフィズス菌」ということですよね? 「ヨーグルト=ビフィズス菌」というイメージを持っている人が多いかもしれませんが、すべてのヨーグルトにこのビフィズス菌が含まれているわけでは……。
光岡
ないですね。ヨーグルトは乳酸菌を使って牛乳を発酵させたものですが、ビフィズス菌以外の乳酸菌を使っている場合が多いのです。
たとえば、明治乳業が日本で最初にプレーンヨーグルトを販売したのは、1971年だったと思いますが、これはブルガリア菌といってラクトバチルスの仲間なんです。正確には、ラクトバチルス・ブルガリクスと言うのですが、健康にいいというイメージを伝えるため、「ブルガリアヨーグルト」という名前がついています。
――
ああ、明治ブルガリアヨーグルト。
光岡
ヨーグルトの健康効果については、すでに100年ほど前、イリヤ・メチニコフ(ヨーグルトの不老長寿説を唱えたロシアの生物学者)が「ヨーグルトは体にいいよ」と言っているわけですね。メチニコフの説は、「ブルガリアに長寿者が多いのはなぜか」というところから始まったんです。それで、ヨーグルトをたくさん摂っているからだろうと、そうした仮説を提唱して、ヨーグルトを健康食としてすすめていたわけです。

(つづく)

光岡知足インタビュー(科学系インタビューサイト「Bio&Anthropos」所収)より転載。

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プロフィール

ポートフォリオ

光岡知足(みつおか・ともたり)
1930年、千葉県市川市生まれ。東京大学農学部獣医学科卒業。同大学院博士課程修了。農学博士。’58年、理化学研究所に入所。ビフィズス菌をはじめとする腸内細菌研究の世界的な権威として同分野の樹立に尽力。腸内フローラと宿主とのかかわりを提唱し、腸内環境のバランスがヒトの健康・病態を左右すると指摘した。「善玉菌」「悪玉菌」の名づけ親としても知られている。

ベルリン自由大学客員研究員、理化学研究所主任研究員、東京大学農学部教授、日本獣医畜産大学教授、日本ビフィズス菌センター理事長を経て、現在、東京大学名誉教授、理化学研究所名誉研究員、日本獣医生命科学大学名誉博士。日本農学賞、科学技術長官賞、日本学士院賞、メチニコフ賞などを受賞。趣味はクラシック音楽鑑賞とバイオリン演奏。大学在学中からバイオリン奏者として市川交響楽団にも在籍。

著書は「腸内細菌の話」「健康長寿のための食生活」(以上、岩波書店)、「腸内菌の世界」(叢文社)、「人の健康は腸内細菌で決まる!」(技術評論社)、「腸を鍛える―腸内細菌と腸内フローラ」(祥伝社)、「大切なことはすべて腸内細菌から学んできた」(ハンカチーフ・ブックス)など多数。

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