目には見えない微生物たちの働きがヒトの健康に大きな影響を与えている……その象徴が、腸内に棲んでいる無数の細菌たち(腸内細菌)。日本はこうした腸内細菌の働きを助ける発酵食品の宝庫ですが、「なぜ腸内細菌が重要なのか?」「腸の健康を保つことがなぜ心身の健康につながるのか?」……肝心な点が意外と知られていません。
腸内細菌学の生みの親である光岡知足さんのお話を通し、腸・健康・食事の関わりをじっくりと探っていきましょう。

3間違いだらけだった腸内細菌研究

2019年10月10日

――
「生きた菌が腸に届く」というといかにも健康と関係がありそうに思えますが、それは一つのイメージでしかないわけですね。
光岡
それだけ腸内細菌のことがわかっていなかったんです。
――
先生が研究に着手されることで、事実上、この分野が切り開かれていったわけですから、わかる気がします。ご研究の過程でいろいろあったわけですね。
光岡
そうです。たとえば、ヤクルトの話で言えば、当初は「ラクトバチルス・アシドフィルス・シロタ株」と呼んでいたんです。
――
いまは「ラクトバチルス・カゼイ・シロタ株」でしたよね? CMとかでも、そう言っていますが……。
光岡
当時は同じラクトバチルス(乳酸桿菌)でも、カゼイ菌ではなく、アシドフィルス菌を使っていると、ヤクルトは認識していたんです。
――
少し整理しましょう。カゼイ菌もアシドフィルス菌も乳酸菌の仲間ですが、ヒトの腸内に生息しているビフィズス菌とは種類が違うわけですね。
光岡
そうです。ラクトバチルスの仲間は、ヒト以外の動物の腸内に多く生息しているんです。
――
で、ヤクルトが売り出された初期の頃(1950年代)は、そのラクトバチルスの種類自体を間違って認識していたと……。
光岡
誤解しないように言えば、当時、大人の腸内ではビフィズス菌ではなく、アシドフィルス菌が優勢であるというのが常識だったんです。
当時の教科書にもそう書いてありましたから、ヤクルトはそれを信じて、大人の腸にはアシドフィルス菌がいいからと開発に取り組み、「ヤクルト」という商品を出したんです。
――
ただ、現実にはアシドフィルス菌でもなかったと……。
光岡
私が大学にいた時、ラクトバチルスの分類を研究していたため、「ヤクルトの菌を見てくれ」と教授に言われたのですが、調べてみるとアシドフィルス菌じゃなく、カゼイ菌でした。
でも、私もまだ若かったから、誰も言うことを聞いてくれない。「そんなことはありえない。光岡は別の菌と見間違えたんだろう」とね。
ですから、ヤクルトも別の大先生の意見を聞いて、「アシドフィルス・シロタ株」ということでずっとやっていたんです。それが1958年くらいのことです。
――
ビフィズス菌が腸にいいかどうかを考える以前のところで、いろいろ混乱があったんですね。
光岡
それで、この5年後くらいに留学したベルリンで「日本ではこれをアシドフィルスと言っているけど、違うだろう?」と聞いたら、「これはおまえの言うとおり、カゼイだ」と言われました。そこでやっぱり違うと確認した。
ヤクルトから連絡があったのは、ドイツから帰ってきた翌年(1967年)のことです。「先生はうちの菌はアシドフィルス菌じゃないと言っていましたけど、本当はどんな菌なのですか?」と。そこで「カゼイだ」と答えたんですね。
当時、ヤクルトは海外に進出しようとしていたんですが、その過程でイギリスに菌が送られて、私の知っているシャープという分類学の研究者に同じことを指摘されたんですね。で、「すぐに直しますから、先生言わないでください」って言う(笑)。
――
まあ、わかっていなかったわけですから仕方ないですよね。
光岡
でも、同じ年の細菌学会で、「ヤクルトは人腸乳酸菌で作っている。アシドフィルス・シロタ株は非常に健康にいい」と科学映画まで上映したものだから、これはけしからんと。
私はすでに日本の発酵乳、乳酸菌飲料に含まれている乳酸菌をすべて調べていて、ヤクルトにもほかの乳酸菌飲料にもアシドフィルス菌がいないことはわかっていました。にもかかわらず、直さないから、全部データを公表しました。そうしたら世の中は騒然とし出した。
――
騒然とした(笑)。すごい話になってきました。

(つづく)

光岡知足インタビュー(科学系インタビューサイト「Bio&Anthropos」所収)より転載。

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プロフィール

ポートフォリオ

光岡知足(みつおか・ともたり)
1930年、千葉県市川市生まれ。東京大学農学部獣医学科卒業。同大学院博士課程修了。農学博士。’58年、理化学研究所に入所。ビフィズス菌をはじめとする腸内細菌研究の世界的な権威として同分野の樹立に尽力。腸内フローラと宿主とのかかわりを提唱し、腸内環境のバランスがヒトの健康・病態を左右すると指摘した。「善玉菌」「悪玉菌」の名づけ親としても知られている。

ベルリン自由大学客員研究員、理化学研究所主任研究員、東京大学農学部教授、日本獣医畜産大学教授、日本ビフィズス菌センター理事長を経て、現在、東京大学名誉教授、理化学研究所名誉研究員、日本獣医生命科学大学名誉博士。日本農学賞、科学技術長官賞、日本学士院賞、メチニコフ賞などを受賞。趣味はクラシック音楽鑑賞とバイオリン演奏。大学在学中からバイオリン奏者として市川交響楽団にも在籍。

著書は「腸内細菌の話」「健康長寿のための食生活」(以上、岩波書店)、「腸内菌の世界」(叢文社)、「人の健康は腸内細菌で決まる!」(技術評論社)、「腸を鍛える―腸内細菌と腸内フローラ」(祥伝社)、「大切なことはすべて腸内細菌から学んできた」(ハンカチーフ・ブックス)など多数。

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