生命科学というと、自分たちの日常とはどこか遠い、特別な世界の話のように感じられるかもしれません。
でも本来、生き物の「いのち」を扱っているのが生命科学です。それが遠い場所にあるのだとしたら、どこかがおかしい。そんな思いで「生命科学」から「生命誌」へと展開し、生命のいとおしさを紡いできた中村桂子さん。
私たちが生きているバックグラウンドには、生物が歩んできた38億年の歴史がある……そんな「生命誌」の語り部である中村さんに、ぜひお話ししてほしいとお願いしたのが、禅僧として多方面で活躍する藤田一照さんでした。
禅と生命誌。こちらも一見すると遠い場所にありそうですが、共通項になるのは「いのち」を見つめるまなざし。たがいの世界観が混ざり合って、この現実の中で「強く、優しく」生きていくための言葉が生まれたなら……。
2017年2月、中村さんのドキュメンタリー映画『水と風と生きものと』の上映会のあと、初対面したお二人のトークが始まりました。

長沼敬憲(ハンカチーフ・ブックス編集長)

1細胞も「縁」でつながっている

2019年8月22日

――
一照さん、この対談を前に面白いご縁があったみたいですね。
藤田
先日、僕の郷里である愛媛県今治の札所である栄福寺で対話会があったんです。そこで、『数学する身体』という面白い本を書かれた独立研究者の森田真生さんと対話したのですが、その会に中川学さんという僧侶でイラストレーターである方が参加されていまして、じつは中村先生の「生命誌マンダラ」を描かれた方でもあるんですよね? 今回、映画の中に中川さんのお名前があることに気づき、びっくりしました。

生命誌マンダラ


――
中村先生も、一照さんをたまたまテレビで拝見したとか。
中村
ええ。昨日は泊りがけの勉強会でホテルにいたのですが、休憩時間に部屋でテレビをつけたらお話しされていて(注1)。明日お目にかかるのに偶然(テレビで)お会いするなんて面白いなと。科学者っぽくない言い方なんですが、やっぱり縁を感じましたね。
仏教で「縁」とおっしゃいますけど、生物学でも、発生生物学の岡田節人先生(生命誌研究館初代館長)は、「細胞の縁」とおっしゃっているのです。私たち人間はたくさんの細胞でできていますよね。最初は受精卵が一個あって、それが分かれていって、体の組織や器官ができるのですが、それは「だんだんと決まっていく」んですね。それを岡田先生は「細胞の縁」とよくおっしゃっていたんです。
藤田
それは、直線的な原因と結果ではなくて?
中村
ええ、決定論でできているものではなく、たまたまある細胞がある細胞と出会って、「じゃあ、一緒にやっていこうよ」といった感じで体ができあがるんです。その意味では、「縁」は科学でも考えることです。
藤田
岡田先生はだいぶ前に『細胞の社会』という本を書かれていますよね? 僕はこのタイトルを見た時に「細胞に社会?」と思いましたよ。だって細胞の発生生物学という、細胞がどうやって形を成しているかを細かいレベルで研究されている方が、「社会」という人文系の言葉を使って本を出されているわけですから。
中村
毎日毎日細胞を見て研究している中で、そう思わざるをえなかったということでしょうね。ずいぶん昔の本ですから(刊行は1972年)、あの当時「細胞の社会」という言葉を使われたことは先見の明と言うほかありません。
藤田
まさに、中村先生が繰り返し強調されている「重ね描き」の世界ですね。科学という精密な絵(=密画)の上に、日常というもっとラフなもの(=略画)を重ねていくことが、生命誌的なアプローチではないかという……。
中村
こういう話をすると古いのがバレていやなんですが、DNAが発見された1950年代、私はすでに学生で……。
藤田
もうすでにみなさんご存じなので大丈夫です(笑)。
中村
ご存じなんですね(笑)。DNAの二重螺旋のことを知って、「ああ、これで生き物のことがわかる」と思いました。実際、わからなかったことがどんどんと解明されていきましたから、とても面白いと思いましたけれども、科学は自然を機械として見ているんです。「生き物も機械と同じで、分析していけばすべてがわかる」というのは本当かなと。疑問に思いますでしょう?
藤田
ええ、たしかに。
中村
DNAで調べるといろいろなことがわかるんですが、ちょうどその頃、子どもが生まれまして、なぜかわからないけれどいつもワーワー泣いているんです。「それをDNAで解明できるだろうか?」と(笑)、そういう科学と日常の矛盾に気がついて、そのギャップに悩んだのです。
解決の方法を考えました。一つは「日常で実感することを大事にして、もうDNA研究はやめる」。そうすれば楽になれるはずですが、研究は面白くてやめられません。そこで、DNA研究はやめず、子供が泣いていることも大事にする、その方法を探そうと思ったのです。私は仕事の中で女性だとか男性だとかは考えませんが、こう思ったのは女性だったからかなと思います。
藤田
実際、それでどう解決されていったのですか?
中村
生き物はできあがってここにあるのではなくて、「生まれてくる」ということに気づいたんです。あらゆる生き物がそうですよね。藤田さんだって、ご両親がいなければ生まれてきません。そのご両親も生まれてきた。そして、そのご両親も生まれてきた……。
いまの学問では、すべての人類をたどっていくと、その祖先はアフリカに戻るといわれています。いま生きている約73億人全員がアフリカの数万人の人から始まったというのは、まさにDNAのおかげでわかっています。
そして、その最初の人類はというと、一番近い仲間がチンパンジーです。チンパンジーとの共通の祖先をたどってどんどん戻っていくと、私たちのような脊椎動物の祖先は魚類に戻ります。そして、魚からもどんどんと戻ると、あらゆる生き物の祖先がいるんです。それが「生命誌絵巻」の扇の要ですね。
この祖先がいつどこで何から生まれたのかということは、まだわかっていませんが、38億年前の海の中にはそういう生き物がいた、おそらく細胞があっただろうという様々な証拠があります。扇の一番上には様々な生物を描いています、そのあらゆる生き物が扇の要から来ているんです。キノコもひまわりもイモリも人間も、みんな等しく38億年かかってここにいるんです。

生命誌絵巻


(つづく)

注1 NHK教育『こころの時代~宗教・人生「心はいかにして生まれるのか―脳科学と仏教の共鳴」2017年2月5日放送。
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プロフィール

ポートフォリオ

(上)中村桂子 Keiko Nakamura

1936年東京生まれ。59年、東京大学理学部化学科卒。理学博士。三菱化成生命科学研究所、早稲田大学人間科学部教授などを経て、93年、大阪・高槻市に「JT生命誌研究館」を設立。大腸菌の遺伝子制御などの研究を通じ、生物に受け継がれている生命の歴史に着目、「生命誌」を提唱する。2002年、同館の館長に就任、現在に至る。著書は『生命科学から生命誌へ』『自己創出する生命』『科学者が人間であること』『小さき生き物たちの国で』など多数。2015年、ドキュメンタリー映画『水と風と生きものと〜中村桂子・生命誌を紡ぐ』(藤原道夫監督)が公開された。http://www.brh.co.jp
 
(下)藤田一照 Issho Fujita

1954年、愛媛県生まれ。東京大学教育学部教育心理学科を経て、大学院で発達心理学を専攻。28歳で博士課程を中退し禅道場に入山、得度。33歳で渡米。以来17年半にわたりアメリカで坐禅を指導する。スターバックス、フェイスブックなど、アメリカの大手企業でも坐禅を指導し、曹洞宗国際センター所長を務める(2010~18年)。著書に『現代坐禅講義』(角川ソフィア文庫)、『禅僧が教える考えすぎない生き方』(大和書房)、『僕が飼っていた牛はどこへ行った? ~「十牛図」からたどる「居心地よい生き方」をめぐるダイアローグ』(ハンカチーフ・ブックス)など。共著に『感じて、ゆるす仏教』(KADOKAWA)、『禅の教室』(中公新書)、訳書に『禅マインドビギナーズ・マインド2』(鈴木俊隆著、サンガ新書)、『禅への鍵』(ティク・ナット・ハン著、春秋社)など。http://fujitaissho.info

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TISSUE vol.03

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内容紹介

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