自然を観察の対象にし、それを細部にわたるまで分析することで普遍的な真理を見出す。……この数百年、そうした科学的探求が受け継がれることで、この世界の実体が鮮明に浮かび上がってきましたが、その一方で、分析が進めば進むほど、観察者である「わたし」と観察されるものである「自然」は分離されていき、気がついたら事実だけが一人歩きする味気ない世界に変わってしまった面もあります。

「生命誌」(Bio History)を提唱される中村桂子さんは、DNAの研究者として先端科学の第一線で活動されてきた一人。科学の世界のすばらしいエッセンスを大事にしながら、このつながりを取り戻すための新しい学びの体系を伝えてきました。

私たち人間は、自分もまた自然の一部であることを忘れ、それにゆえに暴走し、自ら不安を増幅させてしまう、とてもふしぎな生き物。そのふしぎさを優しく受け容れながら、目に見えるものと目に見えないもの、科学と野性をどうつないでいくか? 

大阪の「生命誌研究館」を訪ね、「生命誌」の視点から、これからの私たちの進んでいく道すじについてお話を伺いました。

1「一番大事なこと」を考え続ける

2020年4月27日

――
『TISSUE』の企画を進めているなかで、たまたま先生の映画『水と風と生きものと』を拝見したんです。それがとても面白くて……。
中村
そうですか? 私自身の日常を撮影したいと言われて、「はい、どうぞ」とお任せして、それを藤原道夫監督が映画にしてくださったので、面白いと言われても(笑)。
ここ(生命誌研究館)の展示は隅から隅まで指示しますが、あの映画に口出しは一切していないんです。だから、あれは藤原作品なんです。丁寧に作ってくださいましたが。
――
ここが先生の作品ということなんですね。
中村
はい。もちろんみんなで作ってはいますが、私の作品という気持ちでいます。
――
映画を観ることで、そうした先生の活動がより身近に感じられるようになりました。
中村
書いたものではだめですか?
――
いやいや、そんなことはないですが。ただ、先生が生命科学を通じて面白いと感じられたことを一般の人にどう伝えるかというところに、「生命誌」を提唱されたそもそもの思いがあると感じたのですが……。
中村
いえ、それは全然違います。「広める」という考え方は、私にはないのです。私はここを作る時に禁句を作ったんです。それは「啓蒙と普及」です。「啓蒙と普及」は私の辞書にはないんです。最初、私は「教育」もできないと思って「教育、啓蒙、普及は禁句」と言っていたんですが。
――
そうなんですか?
中村
ただ、education(教育)はもともと「引き出す」という意味ですし、自分の年齢を考えても次世代に残すために何かやらなければいけないかなと思って、(禁句から)教育は外しました。でも、「啓蒙と普及」はいまも禁句です。偉そうに言うことでもないんですけれど(笑)、私は自分が本当に大事だと思うことをやるだけなんです。
――
それが生命誌研究館であると……。
中村
はい。ここを作ったのも、私の本当にやりたいことだったからであって、誰もわかってくれなくてもやっていたと思います。生命誌研究館を構想したのは25年以上前になりますが、その時は親しい友人もわかってくれなかったですね。最近、やってきたことが目に見える形になったことで、周囲の人たちも理解してくれるようになりましたが……。
――
大衆化を望んでいるわけではないんですね。
中村
正直、私はマイノリティが大好きで、何かが流行りはじめるといやになるんです。わかってもらえないのはしんどいですが、わかってもらえないことをやっている時が、一番元気がありますから。
――
しんどいほうが楽しいのかもしれません。
中村
「一番大事なことは何か?」を考え続けることは大好きですが、みんなに無理にわかってもらおうとは思わないんです。理解者がいるのは、もちろん嬉しいですよ。だけど、百人の来館者が来てワイワイと見学するだけならば、3人が本当にじっくり観てくれるほうが嬉しいですね。
――
伝える仕事をしているので、「伝えたい」って思いはあるんですが、マイナーだったものが一般に知れ渡った瞬間につまらなくなるという思いは確かにあります(笑)。だから、なるべく極のところにいるようにしているんです。
中村
周縁にいるのって面白いでしょ? 私も周縁にいるのが大好き。
――
面白いですね。でも、伝えたいという欲求からすると、「これをどうやったら人に伝えられるかな?」っていう思いはつねにありました。
中村
そうは言っても、私の話すのは日常のことです。私は抽象概念が全然ダメなので、「生命とは何か?」という問いに興味がないんです。同様に、「心とは何か?」、「正義とは何か?」、「愛とは何か?」といった問いも自分のなかで立てられない。それに答えるのにもあまり興味がないですしね。
――
先生はどんなふうに問いを立てるんですか?
中村
「この蜘蛛が生きている」という具体的な事実があって、そこから「どうやって生きているの?」という問いが生まれ、その次に、「私も生きている。それと同じね」ということを考えて……。そうやって「生きているって何だろう?」ということを探しだすのが好きなんですよ。具体的なことから「私はどう生きたらいいんだろう?」ということを考える。「生命とは何か?」なんていう抽象概念を考える頭脳を、残念なことに持ちあわせていないんです。
――
具体的なものを手がかりにしないと、実感が湧かないという感じでしょうか?
中村
体にストンと落ちるものでないと、ダメなんです。頭で理解している状況はいやなんです。哲学者たちは難しい抽象概念もストンと腑に落としているのかもしれませんが、私の能力では落ちないんです。
だから、私は「生きているってどういうことだろう?」と考えた時に、蜘蛛や蝶がやっていることをまず観ます。「蝶のお母さんはスゴイことをやっているな」と思うことで、「人間のお母さんもスゴイことをやっているな……」と考えていくことができ、「生きるってこういうことじゃない?」とだんだん思えるようにもなる。私の場合、どうもそういう考え方しかできないみたいですね(笑)。

(つづく)

2016年7月、大阪・高槻市「生命誌研究館」にて収録。

「DNA研究は面白いけれども、庭の花が咲くのを見たり、子供を育てている時の生きものへの気持ちとなかなか重ならない。そこをつなぎたい」(中村桂子・談)

生命誌の考え方を多くの人に伝えるべく、生命誌研究館を開館する際に描いたのがこの「生命誌絵巻」。細胞内のDNAの総体であるゲノムに書きこまれている生きものの歴史と相互の関係を表しています。

中村桂子先生が「生命誌」を提唱したのは、1990年代初頭。
生命科学を探究するだけではおろそかになりやすい、「生きているってどういうことだろう?」という基本をふまえ、科学を学ぶことが日常の、一人一人の生き方につながる、そんな新しい知のあり方を目指しています。

生命誌の「誌」には、博物誌といった言葉があるように、歴史物語という意味があります。
生き物が活動している様子、体や心の構造などをよく観察し、そのバックグランドにある普遍的な世界を紡ぎ合わせていくことで、生命科学がもっと当たり前のものになると、中村先生は考えておられます。

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プロフィール

ポートフォリオ

中村桂子 Keiko Nakamura

1936年東京生まれ。59年、東京大学理学部化学科卒。理学博士。三菱化成生命科学研究所、早稲田大学人間科学部教授などを経て、93年、大阪・高槻市に「JT生命誌研究館」を設立。大腸菌の遺伝子制御などの研究を通じ、生物に受け継がれている生命の歴史に着目、「生命誌」を提唱する。2002年に同館の館長に就任。2020年4月より名誉館長に就任した。著書は『生命科学から生命誌へ』『自己創出する生命』『科学者が人間であること』『小さき生き物たちの国で』など多数。2015年、ドキュメンタリー映画『水と風と生きものと〜中村桂子・生命誌を紡ぐ』(藤原道夫監督)が公開された。
http://www.brh.co.jp

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